インタビュー
【9期生対談vol.2】「素材への態度と恣意性とは?」を考える 上條陽斗(アーティスト)+和田祐香(アーティスト)

クマ財団9期生による、クロストークを行う本企画。第2回は「素材への態度と恣意性とは?」をベーステーマに掲げ、上條陽斗(アーティスト)+和田祐香(アーティスト)の2名が互いの持ち寄った質問に答える形で意見を交わします。
聞き手:クマ財団事務局
執筆:小泉悠莉亜
クリエイター写真撮影:コムラマイ
9期生対談シリーズ一覧はこちら|https://kuma-foundation.org/news/13491/
———今回は「素材への態度と恣意性とは?」を起点に、2名のアーティストをお招きし、対話を行いました。まずは読者のみなさまに、自身の活動を含めた自己紹介をお願いいたします。
上條:上條陽斗と申します。東京大学大学院の工学系研究科建築学専攻に在籍しています。僕自身は建築をバックグラウンドにもちつつも、特定の領域を固定することなく、アートあるいはデザインらしいアウトプットなどその時々に応じた適切なアウトプット先を割り当てる制作活動をしています。基本的にはテキスタイルを用いた作品が多く、布という素材とコンピューターを使った設計が得意です。

上條 陽斗 《forming patterns》2025
布に模様を折るジャカード折り用の織り機を使用し、ヒダを生み出す構造を埋め込んだ作品。ヒダの埋め込み方に応じた立体的な形状が立ち上がる。
和田:和田祐香です。私はアートやデザインの基礎分野とされる「構成学」の畑で研究しています。ものの性質や、そのものが置かれた環境を操作することで出来上がる造形物に興味関心を向けており、日常的に発生している現象から着想を得て作品を制作しています。使用する素材は、上條さんと同様に限定していませんが、液体から固体になって安定化してくれる特性をもつもの———樹脂など———が個人的に好きで、よく使います。

和田祐香《My Garden》2024(撮影:McLeod Gary Roderick)
風呂場の天井に水滴が付着する様子に着想を得た作品。繰り返しアクリル板に樹脂を塗り裏返す過程から、水滴の成長過程を具現化した。また、樹脂の着色を変化させることで、水滴の成長過程を層構造として可視した。
———ありがとうございます。ここからはおふたりに持ち寄っていただいた質問を軸に展開します。まずは「構造が先か、素材が先か?(和田さん)」という問いから始めます。
和田:上條さんがどういうプロセスで作品制作をされているのか、その思考に興味があり、この質問を提案しました。布といっても素材によって表情は大いに異なるかと思いますので、その性質から作品を構想するのか、あるいは、先にアイディアがあり、そこから逆算して素材選定をするのかが気になっています。
上條:そうですね。僕はだいたいの場合、行動が先にあります。「こういうことを実現したい」という思いがまずあり、それに適した素材を探す順番ですね。
和田:では構造のために素材を新しく開発することもご自身の制作活動に含まれる、重要な要素なのでしょうか。
上條:そうですね。特にジャカード織は糸を選ぶ段階からいろいろ関われますので面白いですね。さらに言えば、糸を作るプロセスにも可能性を感じますが、そこはまだ着手できていません。
和田:私は、既存の素材を使って手元で起きていることを観察したい気持ちの方が強いので、私とは異なる素材との向き合い方がとても興味深いです。素材開発段階に携わることで見えてくること、あるいは気づくこともありますか?
上條:意図して設計していることと、実際の出来にズレが生じることは往々にしてあるんですが、その意図せぬ表情が却って面白く、今後積極的に取り入れていきたいところですね。ひだをきれいに寄せるつもりだったところが、バランスが崩れるですとか、特定の折線は機械がうまく折れずにくしゃくしゃになってしまうですとか。いずれもうまく作品には落とし込めていませんが、そういう事象が起きるか否かは素材によって支配される要素ですので、どの素材を選ぶからどういう構造・表現が生まれるかは切り離せないと実感します。

上條 陽斗 《forming patterns》2025
和田:構造から素材を研究した先で、新たな表情に出会えばそれを活用するという行動分岐があるんですね。ではこのまま進めると破綻する、あるいはヘンテコな構造をプログラミングするなどの「失敗」を恣意的に発生させることはありますか?
上條:そんなに多くはありませんが、工場にお願いして作る際には今まで試してこなかった、やや挑戦的なもの、「これ本当にうまくいくのかな?」と思われるようなオーダーをすることもあります。最近多用する同心円状のパターンを例に挙げると、半径が3センチの折りと、10センチの折りでは、発生する現状が全く異なります。布の厚みという条件は一緒ですが、折りの面積が大きくなるほど、相対的に布が柔らかくなっていくという点で、同じリクエストに対して異なるフィードバックがあるのは素材の妙だと思います。
和田:操作の恣意性に関して言えば、私は最近プラスチックダンボールに樹脂を流し込む類の作品を制作しているのですが、作品の重力環境を鉛直方向から水平方向に変える操作のタイミングは少し調整していて。というのも、10分放置してから向きを変えたものと、30分放置してから向きを変えたものとでは、可視化される現象の面白さがかなり異なるんです。上條さんのスタンスと完全に一致するわけではありませんが、コントロールする/しないの絶妙なゆらぎにシンクロニシティを感じました。

和田 祐香《Tempest》2025
上條:素材や現象から立ち上がってくる事象に対して、自分の恣意性が及ばない範囲で物を作ろうとはしていますが、積極的に自分の恣意性を抜こうとはしていません。ですから作品の各所に恣意的な操作を感じる方もいるかもしれません。ただ結局自分の恣意だけでは作っていけない領域を扱おうとしているので、回り回って素材や現象が教えてくれることばかりですし、現象が勝手にドライブしていくような作り方を重視していますが、意外とこれは偶発性とはちょっと違う概念で、「現象の側の必然」なんですよね。僕の恣意性が及んでいないだけとも言えるんですが……こういう事象に名前はついているんでしょうか。
和田:私は、「自律的な形体生成」というように呼んでいます。素材側にも自律性があるという主張で、まさしくそういったものが以前の研究対象でした。
上條:自律的な形体生成。なるほど。ありがとうございます。
———一区切りついたところで、次の質問にうつります。「素材選択に関する考えを教えてください(上條)」。いかがでしょうか。
上條:半ば自分のお悩み相談でもあります。僕も和田さんも共通して、樹脂や合成繊維などのエンジニアドなマテリアル———人工的に開発された比較的新しい素材を使っていますが、その一方で自分の場合、自然素材の魅力に惹かれてもいます。和田さんは、自然素材を使う工芸への関心もお持ちということもお聞きしていましたので、それを踏まえて、扱う素材をどのように選ばれているのか教えていただけたらと思っています。
和田:すごく感覚的な部分なので、ちょっとちゃんと伝えられるのかわかりませんが……。視覚的にはガラスや磁土に素材としての魅力をとても感じるのですが、それらを実際に扱ってみると、「自分が造形する必要があるのか?」、「私じゃなくていいのでは?」と思うことが多いんです。そういうことを感じながら、紅茶や墨汁など流動的な物質を色々と扱ってきたのですが、自分の手から離れている時間や素材と自身との距離感みたいなものが一番心地よいので、今はひとまず樹脂を使うことが多いというところでしょうか。

和田祐香《Tea Specimen transparent ver.》2022
上條:「手から離れている」というのは、たとえば乾燥などの「効果」の時間ということですか?
和田:そうですね。人の手から離れる時間ベースで言えば、陶芸やガラスとの大差はあまりありませんが、焼成中に窯の蓋をこまめに開け閉めしたり、温度調整をプログラミングしたりするほど、私は素材の面倒を見てあげられないんです(笑)。素材や現象が主役だと考えている分、そこにあんまり自分が入りたくないなとも思っていて。現象の面白さを強調するためのタイミングの操作は環境操作のひとつと捉えて最近取り入れてみたりはするのですが、あまりにも恣意的な関わりはとりたくなくて。素材に対してちょっと人格をもつもの———自分とは異なる、どこか対等な関係だと捉えているのかもしれません。
上條:なるほど。
和田:上條さんにとっても素材の扱いやすさの観点があるように感じているのですが、それはいかがですか。
上條:それはあると思います。布でしたら、自分で運べますし、手持ちの道具で自宅で工作できる分取り回しは良いですね。これが金属だと同じようにはいかなかったと思います。工場との連携を増やそうとしている最中ですが、自分でハンドリングが効く範囲はすごい意識していますね。そもそも布に興味を持ったのは、「自分で工作できそう」だと思ったからですし、その結果、予想通りどんどん布に関心が寄っていきましたね。
和田:私も紅茶を使っていたところから、偶然樹脂と巡り合って使い始めてまだ2〜3年しか経っていません。ですから素材との距離感がどうだと語っていますが、まだ手探りの部分もあって。今後より自分にマッチする素材もあるかもしれないとの期待を抱きながら、特定の素材に限定せず、いろいろと実験を重ねていきたいです。

———興味深いやりとりはまだ続きそうですが、今回はここまでとさせてください。おふたりともありがとうございました。
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