インタビュー

【9期生対談vol.8】「認知の前提を覆す」を考える 対談: 佐野風史(サウンドアーティスト) + 白井桜子(アーティスト)

クマ財団9期生による、クロストークを行う本企画。第8回は「認知の前提を覆す」をベーステーマに掲げ、佐野風史(サウンドアーティスト)白井桜子(アーティスト)の2名が互いの持ち寄った質問に答える形で意見を交わします。

聞き手:クマ財団事務局
執筆:小泉悠莉亜
クリエイター写真撮影:コムラマイ

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———今回は「認知の前提を覆す」を起点に対話をしていただきたい2名のアーティストに集まっていただきました。まずは読者のみなさまに、自身の活動を含めた自己紹介をお願いいたします。

白井:京都芸術大学大学院2年生、油画専攻の白井桜子です。私は学部生の頃から「見ること」の本質を問い直す作品を多く作ってきました。作品ごとに「見ること」の解釈や体験は少しずつ違っていまして、ハレーションを起こしてみたり、鑑賞する角度によって物や作品が違って見えたりします。

白井桜子《Untitled》2025
木材に切れ込みを入れ、その筋に麻布を差し込む木目込(きめこみ)技法を用いた作品。「物理的にキャンバスを切り裂いた奥に無限の空間、宇宙空間がある」と提唱した画家ルーチョ・フォンタナの試作を再定義する作品。白井は、宇宙空間は、奥だけではなく手前にも存在し、その間を往復する関係性ができると考えた。

佐野:佐野風史です。京都府生まれで、現在は慶應義塾大学政策・メディア研究科のXD(エクスデザイン)プログラムに所属しています。制作における全体的なテーマは、あらゆるものに気配とか存在のような魂を感じてしまう想像力と、僕らが生きているこの現代社会に浸透している情報空間———コンピューターやインターネットなど———そうしたふたつの異なる感覚が交わるところに現れる風景や日常の延長がどんなものかを音、聴取、聞くことをメディウムに作品を作ったり、考えたりしています。

佐野 風史《Imaginary-shell》2023
貝殻の中のAIが環境音を学習し新たな音を生成する音像作品「Imaginary-shell」。「貝殻を耳に当てると海の音がする」という伝承を「もし本当に周囲の音を記憶していたら?」と再解釈した。耳を澄ませば、Imaginary-shellの持つ、その土地の記憶が音風景として再生される。

———ここからはおふたりに持ち寄っていただいた質問を軸に展開します。まずは「作品を構成する際に意識していることはなんですか?(佐野さん)」です。

佐野:僕と白井さんに共通するのは、媒体は違えど、それぞれのフィールドにおいて鑑賞者(受取り手)のポテンシャルに対してアプローチすることで、「見ること」あるいは「聞くこと」のあり方を拡張させているところだと感じています。それを踏まえて考えるとき、ただ単に「構成し直す」だけであれば、白井さんはその先の「何」を見つめながら作品を組み立てているのかが気になって質問してみました。

白井:色に関して言えば、私の中で「片足立ちの色」、「両足立ちの色」っていうのが存在するんです。両足立ちの代表はフランスの国旗。赤と青と白はバランスが良くて、いかにも仁王立ちする様を彷彿させる感じがします。一方で、片足立ちは誰かに押されたら倒れてしまうけれども立っていることに変わりはないじゃないですか。そういう色合わせみたいなものにマイルールがあるんです。でも具体的に「何と何の色?」と訊ねられても……一言で赤色と言っても、いろんな赤色があるじゃないですか。ですから「赤と何色」と簡単に断言することはできないので、「私の作品を見てください」という回答になってしまうんですが。

佐野:なるほど……?

白井:寒色が奥に見える、あるいは手前に見えるといったことも考えはしますが、うまく言語化できる感じではないんです。それから構成に関しては、「出る」ことの良さのようなものを実現させたくて。たとえば服のタグ。小さい頃はもうこれが本当に嫌で仕方ありませんでした、体に当たる違和感があるし。でも今ではこの縫製のちゃちさがかえって気持ちよくなってきて。タイの小物とかまさにそんな感じですが、それがすごく可愛げにさえ感じて。その感覚と地続きで、私は服の裁縫処理や構成の仕方のようなものを作品に出したいってずっと思いながら構成を考えています。

佐野:これまでにもいろんな話をしてきたけれども、片足立ちの色の話は初めて聞きました。面白いですね。ちなみに支持体の構成と色は連動して考えるのですか?

白井:作品によりますが、最初にiPadでちゃっちゃっとラフスケッチを描いたり、Pinterestなどでパッチワークの作品を見たりして、色の構成や構図を決めている気がします。でもあとあとで変わるのでどのみち意味はあまりないんですが(笑)。

佐野:そうなると基本的には現場でものと向き合いながら内容を固めていくのですか?

白井:そうです。これまではアイディアをかっちり決めていたんですが、予定調和になってしっくりこなくて。いまやすっかりフリースタイルが定着しています(笑)。

佐野:なるほど。僕の場合は、アニメーションのように音と音がどうやって移り変わっていくか?音がつながる時の気持ちよさはどこにあるのか?など、生活の中で「どういう音のつなぎがあると面白いか?」をずっと考えて生活しているので、それをまとめたネタ帳をベースにすることが多いです。例えば自転車の音がちょっとずつカモメの音に変わっていくみたいなのを考えてみたりして。

白井:失敗はしないですか?ネタをベースに制作してみたら、思っていたのと違う仕上がりになってしまったとか。

佐野:大いにあります。その時は組み替えますね。……確かにその観点で言えば、最初に大筋だけを決めていることが多いかもしれないです。始まりと終わりの有無による作品と、特定の空間にいつ・誰が来ても良いとするインスタレーションに近い作品かによって作り方は違いますが、全体的な体験設計、展開などはあらかじめ考えて、手を動かすうちに変えていくってことは確かに多いですね。だとしても根本的な制作意図は一貫して変わらない気もしますね。

———ありがとうございます。ひと区切りついたところで次の質問です。「ロマンチックな作品を多く作られていると思いますが、その背景を教えてください(白井さん)」。いかがでしょうか。

白井:体の向きをセンシングして、自分が向いている先の星が音になって聞こえてくる作品「天体音測会」(2023-)をはじめ佐野さんが手がける作品にはどこかロマンチックな気配が漂うのはなんでだろう? と不思議に思っていました。そもそも佐野さんが選択するモチーフの総括として、自分が直に体験していないものも多く含まれるじゃないですか。星を直接体で感じたり、あるいは古来の日本的な霊的な感覚だったり。どこか現実主義からかけ離れているようにも感じられて面白いなと。

佐野:もともと宇宙飛行士になりたかったので、星に対する興味は確かに人一倍ありますね。……ところでロマンチックとフィクションって同じですか?フィクションとかSFとか。

白井:個人的な感覚ですが、ロマンチックには「温度」があると思うんです。

佐野:温度?

白井:ロマンチックなものには五感があるんです、匂いとか。でもSFは冷たくてつるっとしていて対義語っぽいところに存在している感じがします。別にそれが悪いわけでもなく、ただ言いたいのは、私にとっての「ロマンチック=五感を感じる」ことで、佐野さんの場合には、それらが作品に直結して反映されているのが興味深いんです。私も同じくロマンチストではあるものの、作品にはそのエッセンスは反映させません。自分自身を作品に投影するのは苦手なんです……だから翻って、佐野さんの作品はすごいなと素直に思うんです。

佐野:コメントが合っているかは分かりませんが……照れますね。言われてみたら、そんな気がしてきました。制作中には「もしこんな惑星があったら」ですとか、「こんな世界観が存在していたら」といった一冊の絵本、一本の映画を作るのに近い感覚があるかもしれません。そうは言っても白井さんもビビットな色合いの立体が空間を埋め尽くす作品《creep series / Untitled》があるじゃないですか? あの作品にはロマンチックと言い切れるかはわかりませんが、その気質を感じます。異色さ、あるいは「存在しない世界」。あの作品もロマンチシズムは排除されているのですか?

白井 桜子《creep series / Untitled》2024

白井:《creep series / Untitled》だけは例外なんです。コンセプトは私の祖母由来で……おばあちゃんに支配されてきた人生だったので、そういう強迫観念を出したくて。その意味で言えば、割と温度を感じるかもしれない作品ですね。

佐野:そうですね。初めてこの作品を見たときに温度を感じました。逆質問になるんですが……どうしてロマンチシズムを排除するんですか?

白井:情緒的なこととか、空想的な話をコンセプトとして説明するのが恥ずかしいんです。

佐野:ということは僕、とても恥ずかしい人に見えていますか?(笑)

白井:いやいや、人様にそう感じることはないんです。ただ自分が当事者の時は自意識が過剰になってしまうというだけで。それに大学院に在籍している手前2年間、どこか五里霧中というか、暗闇を彷徨い続けている感じがあって、周りからしたら「また全然違う作風のもの作ってるな」って感じられていたであろうところから、最近ようやく「お茶碗を作る感覚」というか、工藝的な手仕事のありがたみに救われているところがでてきて。絵を描くというよりは、絵を「作る」って感覚がよりしっくりくるなって思えるようになったんです。みんなが共通認識として描くマッチョな「画家」にはなれないけど、変化球で攻めていくスタイルで絵を作るからこそ、自分の意識と工藝的な感覚はマッチングした感覚があります。

佐野:今の話を聞いてあらためて考えたのは———最初の質問に関連するのですが———支持体をはじめ「前提を組み替えること」を僕たちは実践しているじゃないですか。知覚の前提やフォーマットの前提が変わるということは、つまり既存の、全ての表現は塗り替え得ることと同義だと思っているんです。例えば音の聞こえ方が変わるという話でしたら、スピーカーから出力される音に対する態度が変わるでしょう。過去には、聴覚の前提を組み替えることに絡めた、動かないはずの人の耳介(じかい)を駆動可能にする作品「Moving Auricle – direct model」を作ったこともありますが———そう考えると、自分だけでその技術とか技法を囲っておかずにもっと「あけわたす」ことで世界がより一層広がるんじゃないかな? みたいなことを考えたりするのですが、白井さんがこうしたことについてどう考えているのかも気になりました。

白井:そうですね。木目込技法を用いて作品にしている人は、私が調べた中では、私を入れて三人いるんです。残りのおふたりは綺麗に作品を仕上げていらして。それに対して、先ほども話した「出す」こと———木目込技法を採用することで、私は既存の絵画に新たな分岐点をもうひとつ増やせたと思っています。技法そのものの特殊性というよりも、支持体をこだわる人がこの世に増えても良いだろうとの思いでいて。絵の具や筆などは、身体性がめちゃめちゃ強いものですから、それらに人間は魅力を感じやすいですし。だからこそもっと手前の段階にフォーカスする人が……もちろん今までもいたけどもっと増えてもいいし、それがもっと評価されてもいいんじゃないかなとは思っています。

佐野:なるほど。今までの枠組みではあんまりフォーカスされていなかったからこそ、関心が向けられてこなかったけれども、認知を獲得したら、むしろその支持体の組み替え方に感情を乗せる人が出てきたらすごいなぁ、などと思ったりしました。

白井:佐野さんはどうですか? 「聞くこと」の前提を組み替えるような取り組みをこれからも貫いた先にどんな世界を期待しますか?

佐野:そうですね。割と一貫していて、僕がかつて宇宙飛行士になりたかったように、作品を通じて「ここじゃないどこかへ行く」だとか「トリップする感覚」を生み出して行きたいです。ただ音を聞くだけでも全然違う世界に行けますし、聞こえ方が変わればさらにもう一歩違う世界に行けるような機会や体験が増えていけば良いなと思っています。移動手段が増える感覚で、聞こえ方が変わることにフォーカスしていっている感じですね。それは多分絵画の話にも近いような感じもしています。単純に一枚の支持体に描いているだけでは見えてこなかったものみたいなのが見えるとか、そういうようなことです。

白井:いいですね。それではその感覚に向かって、引き続きお互い頑張っていきましょう。

———議論はまだ続きそうですが、今回はここまでとさせてください。みなさんありがとうございました。

 


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