インタビュー
【9期生対談vol.9】「衣服とスタイル、社会的な付加価値の関係性」を考える 対談: RENYU IWANO(ファッションデザイナー) + 柴田勇紀(美術作家)

クマ財団9期生による、クロストークを行う本企画。第9回は「衣服とスタイル、社会的な付加価値の関係性」をベーステーマに掲げ、RENYU IWANO(ファッションクリエイター) + 柴田勇紀(美術作家)の2名が互いの持ち寄った質問に答える形で意見を交わします。
聞き手:クマ財団事務局
執筆:小泉悠莉亜
クリエイター写真撮影:コムラマイ / クマ財団事務局
9期生対談シリーズ一覧はこちら|https://kuma-foundation.org/news/13491/
———今回は「衣服とスタイル、社会的な付加価値の関係性」を起点に対話をしていただきたい2名のアーティストに集まっていただきました。まずは読者のみなさまに、自身の活動を含めた自己紹介をお願いいたします。
柴田:多摩美術大学テキスタイル専攻に在籍しており、P.A.R.T. Collective主宰の柴田勇紀です。僕は主に衣服を場ないしは状況として扱いながら、全ての生命活動を実践する状況としての「衣服の衣服体験(着方)」を構築しています。「衣服が状況である」というのは、例えば朝、サラリーマンが布団から起きて冷たい床を歩いてリビングに向かい、そこで脱ぎ捨てられたシャツをボタンも外さずに上からかぶるという状況において、脱ぎ捨てられたシャツ(衣類)のみを衣服とみなすのではなく、その床の冷たさやリビングから差し込まれる服を温める光、服を拾う、被るという一連の動作も含めて衣服として捉えることです。この全体像をとらえない限り「サラリーマンの着方全体」については扱えません。そうした全体性のある「着方を作ること」について、僕自身は非常に倫理的な問題———社会倫理などではなく、個人の生き方———に直結していると考え、日々探求しています。目下のところ、ファッション関係者から僕の衣服の着用の仕方は「未熟だ」と言われることが課題です。

柴田勇紀《着装空間 着るものが再生する場》2025
本作は、吊るされた衣服、異なる素材の傾斜、衣服と連動して上下する什器などから構成される。着用者は作品を通じて生活能力全体が着方と関係をもつこととなる。
岩野:RENYU IWANOです。大阪文化服装学院ファッションクリエイター学科卒業後、イタリアのファッションスクール<Polimoda Collection Design(MA)>に留学中です。在学中にはジェンダー、哲学、文学などファッションに限らずボーダーレスなジャンルを学び、社会的な枠組みや個人性への関心を制作物に反映するほか、コンテストへ積極的に参加してきました。既存素材を加工・再構築し、バリケードテープや廃棄された自転車のチューブなど通常衣服に用いられない素材をテキスタイルに応用し、歴史的・社会的文脈を自分自身の現在地と重ね合わせた作品を多く制作しています。

RENYU IWANO《Somewhere, not here》2024
女性解放に大きな影響を与えたとされる「自転車」をテーマに制作された作品。バリケードテープと廃棄された自転車チューブを編み込むことで、自らを囲む様々な枠組みと、その状況から抜け出すための力強さを表現。変わらない現状が変化し、「今いる場所ではない何処か」を目指す、希望的で力強い作品。第98回装苑賞を受賞。
———ここからはおふたりに持ち寄っていただいた質問を軸に展開します。まずは「『ファッション観』を教えてください(岩野さん)」です。
岩野:さきほどの自己紹介で、ファッションに関係する方々から「着こなしを未熟だと捉えられる」と言及されていましたが、柴田さん自身が「おしゃれであること」あるいは衣服に限定されない「ファッション観」についてどのように考えられているのか、ぜひ教えてください。
柴田:ファッションとおしゃれについてですか。まず前者に関して、僕は社会的な土台が強いジャンルだと感じています。人間には基本的に手と足が2本ずつあって、頭がひとつあることが標準的な条件で、衣服の構造もそれに準じますが、どんな衣服を着用するかによって「人からどう見られるか?」という他者の視点が自ずとついてまわります。そうは言っても、こうした社会的な記号や、身体的共通性から緩やかに離れた衣服が昨今多く発表されるようになってきました。そうした社会的な背景も踏まえて、僕がよく使う意味での「おしゃれ」は、ファッショニスタの方々が言及するような価値観から距離を取り、衣服を通じた個人的な探求の度合いの程度のことです。
岩野:ありがとうございます。ファッショニスタからの評価を気にせず、自分自身のスタイルを貫く方を「おしゃれ」だと感じるということでしょうか?
柴田:そうですね。服を着ることはファッションや情報、社会などと無関係に成立します。それに世間的にはおしゃれと評される方々でも、実は全く「ファッション的ではない」方法で衣服を着ている場合もありますが、そうした着方はただひた隠しにされているだけだとも思います。
岩野:柴田さんの考えるファッションやオシャレは、いずれも「着方」に帰結するのですね。
柴田:そうですね。
岩野:自分も同様の衣服の扱い方にすごく魅力されると言いますか、表現が妥当かはわからないのですが「下心のないスタイル」をかっこよく思います。ペインターの人が、使いやすいからペインターパンツを履くように、おしゃれを意識して着ているわけでなくとも当人のスタイルとしてしっくりと一本筋が通っているようなもの。安い/高いではなく、流行りのトレンドに左右されるでもなく、昔から好きでずっと身につけているようなもの。そういう衣服の纏い方こそが「おしゃれ」ではないか?と心から思いますね。纏われるアイテムよりもむしろそのスタイルを醸成した本人の人柄や内面にこそ「おしゃれ」を感じると言いますか。装う行為の根源に感じられるものになにか惹きつけられるものがあるという点で、柴田さんと近い感覚があるように思います。
柴田:そうですね。ファッションの問題点は、ごく個人的な着方———たとえば自閉症の方の着方、ホームレスの方の着方など———をファッション的な文脈に絡めようとすると、むしろその本質や核心がこぼれていってしまうことにあるのではないかと。ファッショニスタたちが仮にそうした方々のことを評価してファッションの土俵に引き込もうとした時に、「おしゃれ」と批評された当事者の方々は一体どんな対応だと健全なのか、衣服に関わる僕たちが考えていくべき問題点だと感じますね。
柴田勇紀《Hanged Fleece》2025
———ひと区切りついたところで次の質問です。「ドレスとリアルクローズは地続きにあると思いますか?(柴田さん)」。いかがでしょうか。
柴田:岩野さんのお話をこれまで聞いてきて、非日常の場で着るドレスと、普段着として着用するリアルクローズをそれぞれどのように捉えているのかが気になりました。これまでも両者を分け隔てなく制作されてきた経緯を存じ上げていますが、素材選定やフォルムなどあらゆる面を総合して、これらをどのような立ち位置として捉えているのかお伺いしたいです。
岩野:考え方はその時々で変わりますが、今の自分にとってはずせないのは、リアルクローズとドレスをジャンルとして区切るのではなく、それぞれをなだらかに混在させていくあり方です。ドレスにリアルな要素を含めたり、リアルクローズにドレスらしいエッセンスを散りばめてみたり。コンテストなどの出展作品においては「霽れ着の衣装」としての、いわゆる「ドレス」が求められますがその場合でも、一点物としての特別感を出しながらも設定されたシチュエーションにおけるリアル感を内包させたいと思っています。総括すると、ドレスとリアルクローズをそれぞれ別物だと考えず、両方が衣服という地平上に位置すると捉えています。
柴田:ドレスなどの霽れ着を制作される際にも、一般的には採用しない素材———バリケードテープや廃棄された自転車チューブなど———を使うことで、着用者に着方の新たな影響を与えますよね?
岩野:そうですね。一般的な布生地とは異なる着用感や振る舞いをもたらすのは必須です。特にバリケードテープを用いたドレスは、芯材のように綿が入っていて素材自体が硬く、身体の可動性は一定の範囲に限定されます。その意味で制限は生まれますが、そこにフォーカスするのではなく、まずは「自分の伝えたいスタイルを理解してほしい」という基本思想があり、その上で「この着方はおしゃれじゃないですか?」という提案型なんです。世界中のどこかに「僕が思う着方」を良しとしてくれる人に届けばいいなというテンションですね。
柴田:今お話してくださった、ドレスの着方に共鳴する人が着てくれればいいというスタンスを面白く感じます。現在の服飾研究において、これまでのドレスは、女性のコルセットを筆頭に身体的な制限から成るイデオロギーの対象として語られてきましたが、近世以前の女性はむしろそれを全く気にせずに好んで———「おしゃれ」として楽しんでいたかもしれません。不自由を、自由意志のもとに選択するというのはファッション界における興味深いアイディアだと受け取りました。
岩野:つまるところ女性の自由意志が最上段にあり、その次の階層に「ファッション的なるもの」が配置されるんじゃないかと思うんです。服が先ではなく、意志が何においても先立つ。服作りをしていると、作り手の個人的な感情や思いを大事にしがちですが、着る側としては、そういうのを全て脇に置いて瞬間的な「いい感じ!」や「おしゃれ!」という感情を大事にしてもらえたらいいなと思います。着たい人が着ればいいというのも、やはりそうした自由意志を尊重したところにある感覚ですので、作り手のメッセージはあれど、それを前面的に押し出すことはあんまり求めていないです。今後はリアルクローズのブランドも立ち上げてゆきたいので、より一層双方を縦横無尽に行き来する視点を持ち合わせていきたいですね。
———おふたりともありがとうございます。区切りの良いところで今日の対談はおしまいにします。
「KUMA EXHIBITION 2026」が2026年3月に開催決定!

クリエイター9期生が参加する大型成果発表展「KUMA EXHIBITION 2026」 が、2026年3月28日(土)・29日(日)に開催決定!東京の青山・スパイラルにて、アート、テクノロジー、音楽、建築など多様なジャンルの若手クリエイターが集う本展。新進気鋭のクリエイターたちによる作品が一堂に会する、刺激的な2日間をお届けします。

