インタビュー

【9期生対談vol.16】「映像演劇界を取り巻く私と、私たち」を考える 対談: 西﨑達磨(舞台芸術家) + 瀬名亮(監督・脚本家)


クマ財団9期生による、クロストークを行う本企画。第16回は「映像演劇界を取り巻く私と、私たち」をベーステーマに掲げ、西﨑達磨(舞台芸術家) + 瀬名亮(監督・脚本家)の2名が互いの持ち寄った質問に答える形で意見を交わします。

聞き手:クマ財団事務局
執筆:小泉悠莉亜
クリエイター写真撮影:コムラマイ

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———今回は「映像演劇界を取り巻く私と、私たち」を起点に対話をしていただきたい2名のアーティストに集まっていただきました。まずは読者のみなさまに、自身の活動を含めた自己紹介をお願いいたします。

西﨑:東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修士2年の西﨑達磨です。学部時代に立ち上げた「ザジ・ズー」というコレクティブで、演劇領域の活動をしていまして戯曲を書いたり、演出をつけたり、たまに俳優としても出演しています。バンドでたまにドラムを叩くこともありまして、基本的にステージの上での表現に終始しています。

西﨑達磨《音楽》2024年
漫画『音楽』(大橋裕之)を原作とした、全編生演奏のバンド劇。観劇を目的に来た観客に、あたかもライブハウスに紛れ込んでしまったかのような感覚にさせる。ゲストバンドは「カブトムシ」。

瀬名:瀬名亮という名前で映画を撮っていて、脚本も書いています。青山学院大学の経営学部マーケティング学科の4年生で、初監督作「はじめてのよあそび」を皮切りに、2作目「美食家あさちゃん(what YOU eat)」、最新作「まだゆめをみていたい」を作ってきました。いずれも自主映画ではなく、ありがたいことに企業のコンペティションを通過してプロの方々と作らせていただいた作品です。

瀬名亮《まだゆめをみていたい》2025
夢を追い、夢に溺れ、夢に導かれる、漫画家の夢を追う女子大生の物語。「Hulu U35クリエイターズ・チャレンジ」のグランプリ副賞として、Huluオリジナル新作の監督権を得て発表したハートフル・ファンタジー。

———ここからはおふたりに持ち寄っていただいた質問を軸に展開します。まずは「劇を作るうちにご自身に変化はありましたか?(瀬名さん)」です。

瀬名:すごく漠然とした質問になるのですが……演劇制作を通じて、西﨑さん自身でなにか変わったこと、あるいは生まれた考えがあればぜひお聞きしたいです。

西﨑:バカみたいな答えなんですけど……戯曲を書きはじめてから本を読むようになりました。初めて戯曲を書いたのは高校生の時ですが、それまではうちの本棚にあった漫画ばかり読んでいたんですよね。『ガロ』とか、オルタナティブ系のどぎつい感じのを。その影響から「将来、漫画を描いて食ってきてえな」と思って美術科のある高校に入学しまして、そこでなぜか演劇を始めて、自分で戯曲も書きたいと思うようになりました。

瀬名:私も小説家志望だったところから機会を得て、今は映画を作っているので近いものがある気がします。西﨑さんも演劇一本の人生ではなかったんですね。

西﨑:そうなんです。父親に「戯曲を書きたいんだけどどうしたらいい?」と聞いたら「町田康(まちだこう)を読め」と言われたので、教えの通り町田さんの作品を読んだんです。そしたら超面白くて。それがきっかけでどんどん本を読むようにもなりました。

瀬名:西﨑さんの戯曲と脚本を拝見して思ったのは、幼少期からずっと小説に触れたり書かれたりしてきた人なのでは? ということでした。文章のリズムも素敵でしたし、小説っぽい文体で書かれている部分も散見されて。

西﨑:それが全然書いてこなかったんです。本を読み始めたのもすごく遅いですし。文章のリズムに関して言えば、漫画を読み漁った蓄積が生きたのかもしれません。漫画は今も変わらずに読んでいますが、小学生の時は読み方が今とは違って、絵面というか、ビジュアルメインで漫画を読んでいました。それが高校生ぐらいになってから、ビジュアルと同等に存在するセリフや「センス」みたいなものを読み取るようになって。その後も漫画を読むうちに、評論も読むようになりました。『攻殻機動隊』の押井守監督の発言「脚本を書きたかったら評論を読め」に感化されたんですね。評論を読むと、ロジックを組み立てる力がついて物語の構成力も身につくそうで。また漫画は漫画で「漫画の八割は文学である」といったこともよく言われますね。水木しげる先生は「自分が小説を書いていたら直木賞を獲っていた」みたいな趣旨のことを発言されていますし。

瀬名:私もまさに映画を作ることになってから、批評講座を受講し始めたこともあり、西﨑さんに共感する部分があります。自分が関わった作品がどう受け止められるかという意識が作るほどにどんどん高まっていて。

西﨑:「作れればいい」が通用しなくなってきていますよね。自分がなにをやっているかの説明がちゃんとできることがすごく重要で……そうしないと生きていけない状況にまで演劇界は追いやられています。演劇評論家の数も少なくなっていますし、評論を書いても読んでくれる人の数も少ない。それは日本社会の問題もあるでしょうし、観客の方々が演劇を観に行きたいと思える経済的/心理的余裕が果たしてどれほどあるかにも関わるでしょうし。そうした様々な要因をひっくるめて、今後演劇界をどう動かしていくかまで考えないと十年後とかに、下の世代に恨まれるなと。しっかりやっていかないとなと身を引き締めているところです。

瀬名:本当に、ただ楽しいだけでは持続的ではないというか……。考えるべきことの規模もどんどん大きくなるし、各方面へ様々な配慮をする必要もありますし。自分の過去の作品すら、直せるなら今の立場だから見える調整をしたいとも思います。

西﨑:演劇ってガイドラインがどんどん整備されてきた歴史があるんです。上の世代の人たちがいろんな運動をして———ハラスメントを起こさないための運動や、性的な表現や暴力的な表現が含まれる作品であれば、そのことを明示した「トリガーワーニング」を出すような配慮など———、要は社会でどう受け止められるかを考えながら試行錯誤してきたものなんです。作品を単純に作って終わりでなくて、社会に出して、それを観にくる人に対する責任がある。さらに言えば、創作する現場の段階からそうしたケアが発生し得るんですよね。その注文は俳優の尊厳を傷つけるようなものではないか? とか。人権意識の話ですね、これは。

瀬名:そうですよね。映画業界ではインティマシー・コーディネーターのような役職が近年注目されるようになりましたが、演劇業界はどうですか?

西﨑:そんな目立った役割はないかもしれませんが、ガイドラインに通じた専門家を外部から呼んで、関係者一同でガイドラインを確認しあったり、あるいは座組のなかに窓口を設けてなにかあればそこに相談できるようにするなど、劇団やプロジェクトの数だけ方法があります。今はその辺のネットワークも構築されて、定期的に講習会が開かれていたりします。

瀬名:みんな、みんな頑張っていますよね。まさに今進歩していこうという段階なんですね。ひとりじゃ作れないからこそ、業界全体が問題意識を持って今後も発展すべきだとあらためて思いました。

———ひと区切りついたところで次の質問です。「原風景はなんですか?(西﨑さん)」。いかがでしょうか。

西﨑:シンプルな質問なんですが、瀬名さんが「小説を書きたい」と思った衝動、あるいは今の自分を形づくった出来事や「もの」があればぜひ聞いてみたいなと。

瀬名:西﨑さんのようなかっこよくてスタイリッシュなエピソードはありませんが、現実よりフィクションの世界の方がずっと好きでしたし、「ここではないどこか」にのめり込む気質が強かったように思います。父が国語の先生だったことも関係して読みきれない蔵書に囲まれて育ったので、読む本には困りませんでしたし、かなり早い段階から桜庭一樹さんや綿谷りささん(どちらも小説家)の作品に出会えたことも大きかったです。中学生の時には二次元のキャラクターのことを本気で好きになったりと、創作と現実の境目がわからないタイプでした。程度も相当重いものでしたし、フィクションに支えられて生きてきた半生です。

西﨑:瀬名さんもご両親の影響を受けているのですね。

瀬名:そうですね。漫画好きの母が所蔵していた「花とゆめ」(白泉社)の『ガラスの仮面』や川原泉先生の作品にも大いに影響を受けました。とにかく物語が大好きな子どもでしたし、その力を信じていました。その一方で当時から他人にできることが自分にできないと感じることが多くて、人一倍劣等感を強く抱いていました。人とうまく話ができなくて浮きがち、勉強も運動もできない、バイトでもとことん足を引っ張る……みたいな。そういう「うまくできない」が大学生になっても蓄積され続けて、「他の人ができることを私はできないのだから、他の人にはできないことをやっていかないと、社会で生きていけない」と切実に思ったんです。これまでは世にいう「王道ルート」でどうにかやってこられたけれど、もうそろそろ限界がくるんじゃないか。そういう不安の臨界点だったことも、脚本を書く背中を押したのかもしれません。

西﨑:その「背中を押してくれた」脚本の公募に応募する前は、自主的に作品を撮ったりはしていなかったのですか?

瀬名:恥ずかしいことに自主映画の存在を知りませんでした。それまで自分が映画を作る側になると思っていなかったのもあって、そもそも映画をそういう小さな単位で作れることさえ知らなかったんです。

西﨑:瀬名さんとは逆で、僕はかつて公募の存在を知りませんでした。今でこそせんだい短編戯曲賞やかながわ短編演劇アワードをはじめ、各地の様々な劇場が主催するコンペなどを知りましたが……。そもそも演劇学科への進学を決めた時にも、演技のことは何も知らなかったので「自分でやるしかねえな」みたいな気持ちで(笑)。それは父親———DODDODO BAND、トンチトリオ、BRAZIL、PAAPなどいくつものバンドを掛け持ちしているベーシスト———が「自分で自分たちの場所を作って自分たちでやる」という人で、その姿が僕のロールモデルだったので、僕にはそのイメージしかなかったんですよね。上京してから友人知人の活動を教えてもらったり、親の活動を俯瞰してみたりすると案外そういうことばかりでもなかったと後々でわかったんですが。

瀬名:私の場合は中高一貫校で、周りの友人は就職して、結婚して、家庭をもつ……みたいな考えの子が多かったので、西﨑さんの境遇とは正反対ですね。クリエイターへの興味関心を持ったり、目指したりするひとが周囲にいなくてインターネットに答えを求めるほかなかったです。

西﨑:なるほど。

瀬名:そもそも私は小学1年生から小説家を目指していたんです。その時から「私は小説家になれる!」という謎の自信だけがあって。一作も書き上げないまま成長して、高校生になってようやく「ちゃんと書こう」と本腰を入れたのですが、いざとなったらまるで書けず……それがトラウマで、大学受験でも文学部から逃げるように経営学部に進学したんです。

西﨑:それはヘビーですね。とは言ってもそれだけ長い間、ひとつの職業に対して強い憧れがあれば、トラウマもスランプも勢いで突破しそうな気がするのですが。瀬名さんの場合はそうはならなかった?

瀬名:そうなんです。小学1年生から高校生になるほぼ10年間くらい「私は小説家になる!」と豪語して、辛いことがあるたびに「でも私は小説家になるから!」と乗り越えてきたので、小説家になることは、もはや私のアイデンティティーのひとつだったと言っても過言ではなくて。国語の成績も良かったし、本も人一倍読んでいたし、想像力があると褒められるタイプだったので、小説家になれる素養はあると思い込んでもいて。作品はなにひとつ書いていないくせに(笑)。だからですかね、ポキっと心が折れてしまったんです。

西﨑:その流れで大学入学後もしばらく小説は書いていなかったところから、いきなり脚本のコンペに出そうと?

瀬名:そうです。夢をなくしてからの自分がとにかく好きじゃなくて。それでとにかく「キラキラしたい!」「ハイブランドのマーケターになるぞ!」と意気込んで、「日本で一番キラキラしていそうな大学」こと青山学院大学経営学部に入学するのですが、いざそのキラキラに突入したら「私が本当になりたいのはこれじゃないぞ」と。小説家になる夢の代わりに「なにか」にすがろうとしたけれど、今も昔も本当にやりたかったのは「物語を作ること」自体だったと遅まきながら気づいたんです。それで小説という形にこだわらず、徐々にリハビリしようと応募したのがHuluが主宰する映画企画コンペの「Hulu U35クリエイターズ・チャレンジ」で……。

西﨑:グランプリを受賞すると。劇的な人生ですね。

瀬名:まさかでした。敬愛する野木亜紀子さん(脚本家)がご自身のnoteで「あるコンペで大賞を受賞してデビューするまでに6年かかった」と書かれていたのを受けて、私もまずは6年頑張るつもりでしたから。

西﨑:評価された理由って聞けるものなんですか?

瀬名:
「等身大の女の子」の撮り方というか、リアリティへの評価だったと記憶しています。私は……本当に心の底から「選ばれたかった」けど、自信があったわけではなかったから、自分が差し出せるものは全部差し出したんです。自分に湧く、汚い気持ちも恥ずかしい気持ちもまるごと全て。

西﨑:すごい。そこからあれよあれよと脚本の道へ繰り出していくことになるわけですね。これからがますます楽しみです。

———おふたりともありがとうございます。区切りの良いところで今日の対談はおしまいにします。

 


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