インタビュー
【9期生対談vol.19】「制作プロセスと今後の展望」を考える 対談: 市川慧(美術作家) + Liisa(現代美術作家)

クマ財団9期生による、クロストークを行う本企画。第19回は「制作プロセスと今後の展望」をベーステーマに掲げ、市川慧(美術作家) + Liisa(現代美術作家)の2名が互いの持ち寄った質問に答える形で意見を交わします。
聞き手:クマ財団事務局
執筆:小泉悠莉亜
クリエイター写真撮影:コムラマイ / クマ財団事務局
9期生対談シリーズ一覧はこちら|https://kuma-foundation.org/news/13491/
———今回は「制作プロセスと今後の展望」を起点に対話をしていただきたい2名のアーティストに集まっていただきました。まずは読者のみなさまに、自身の活動を含めた自己紹介をお願いいたします。
市川:市川慧です。東京藝術大学油画専攻に在学しており、画面の中に西洋絵画の奥行きのある写実的技法と日本の絵画表現における「スーパーフラット」な表現を共存させた、主にペインティングによる独自技法など研究、試作中です。独自の精神世界の概念を投影したモチーフ———混沌とした現代社会の中に存在するどこか欠落したものを抱えて生きる人々の象徴のような背広姿のAKIOと二次元で描く魔法少女など———による、次元の違うもの同士がクロスオーバーする特異点を舞台に配置し、現実と虚構が入り混じる世界観を、キャンバスという舞台の上で、映画監督のように彼らを演出するような感覚で「現代の寓意画」として表現しています。

市川慧《Silent Eclipse2026》2026
本作は大型キャンバスを用い、現代社会を象徴する背広姿の男性「AKIO」と、西洋美術史上において古典的かつ宗教的なモチーフを大胆な構図で配置することによって、その意味を現代的に再解釈することを試みた。
Liisa:京都精華大学マンガ学部を経て現在、東京藝術大学大学院美術研究科在籍するLiisaです。ハンガリー生まれ(中国国籍)ですが2001年にイタリアに移住、2018年に来日しました。マンガにおいて副次的な役割とされてきた背景を、絵画における「新たな風景」として捉え直して、その中で「『記号』が奪われた後に残るものはどのように成立するのか?」を探ってきました。作品に用いるのは、カッティングシートの切り貼り———いわゆる漫画のスクリーントーンを自作したものですが、最近は、絵の具を代わりに用いることができないかを模索しています。

Liisa《明日は遊園地へ行こうね》2024 TOKYO MIDTOWN ART AWARD 2023 受賞作品
漫画における聖地巡礼のように、場所性の特質に焦点を当て、自身の経験や記憶を置き混ぜた作品を制作することが多いLiisa。本作は、外国人として日本に暮らすLiisaが神聖化して見ていた「日本人が通う小学校」がモチーフ。自身が立ち入れない場所として神格化された場所性を捉えた。
———ここからはおふたりに持ち寄っていただいた質問を軸に展開します。まずは「制作にあたってコンセプトの策定と、手を動かす作業は、どちらが先ですか?(Liisaさん)」です。
Liisa:私と市川さんの制作プロセスはすごく真逆だと勝手に予想しているんです。そこであらためて、どのように制作されているのか具体的にお伺いしたいなと。
市川:私は先にコンセプトを考えて、それからコンセプトに最も適した表現方法で形にしています。友人の話を聞くと、描いているうちに「コンセプトが立ち上がってくる」タイプがすごく多いのですが、逆に私はそれができないんです。コンセプトが一番伝わる表現ならば、全然絵画じゃなくても良いと思っていますし。そうした逆算を常にしながら制作しています。高校時代は映像を勉強していまして映像を通じて自分の世界観を表現していましたが、藝大受験を機に絵を描くようになってから、自分の世界観を一番表現できるのが絵画だってことに気づいて、絵を描くようになりました。そうした転身の経緯もあるので、今後も柔軟な制作スタイルでいたいです。質問返しするようで恐縮ですが、Liisaさんはどんな手順で作品を作るのですか?
Liisa:プロセスに焦点を絞ると、撮影してきた写真やグーグルアースで探索した道のりをスクリーンショットに撮ったものをドローイングで書き起こして、それをコラージュする感覚で組み立てています。撮影媒体に記録しているのは、街路樹や街並みなどの風景が多いです。街の風景と対面すると言いますか……たとえばイタリアの街中に生えているローマの傘松を見ていると、日本の松を思い起こすことがあって。それと同時に、松にまつわる空気感までもが目の前に立ち上がるんです。逆もまた然りで、鎌倉で松を見ていると、実家近くの傘松の風景が思い起こされたりして。そうした心象風景のようなものを、一つの画面のなかに共存させているのが私の作品なんです。何かを伝えるためのコンセプトを重視するよりは、とにかく手作業を積み重ねて何かが生まれていく感じです。
市川:なるほど私もコンセプトを考える前段階では、Liisaさんと同じように、自分の「体験」を大事にしています。制作に直接関わるようなことではありませんが、たとえば人と話したり、散歩したり、そうした日常生活のパートを大事にしていて。その時間のなかからコンセプトが立ち上がってくるので、「日常生活を営む」ことがプロセスの一環に含まれています。
Liisa:制作って日常の延長線にあるものですよね。私もすごくそう思います。制作のための日常生活ではないとした上で、日常生活でいちばん時間を割いていることはなんですか? 制作に直結しないもののなかにも大切なものがある気がしていて。
市川:制作以外ですと……インプットの時間でしょうか。本を読んだり、展示に足を運んだり、様々な表現、歴史を学んで、自分の制作に生かせる部分を見つける時間が多いかもしれません。実際に手を動かすよりも、実はそっちの方が大事なんじゃないかなと最近は考えていますね。
Liisa:わかります。展示に行っても、結果的に自分の作品のことばかり考えてしまって、「結局制作のことばっかり考えてるじゃん自分」ってなったりしますよね(笑)。
市川:展示を見ていると「早く家に帰って絵を描きたい、手を動かしたい」ってすごくなります(笑)。
———ひと区切りついたところで次の質問です。「挑戦したいことはありますか?(市川さん)」。いかがでしょうか。
市川:シンプルな質問なのですがお聞きしてみたいと思って。いかがですか?
Liisa:挑戦と言えるかどうかわかりませんが、今の制作を漫画に結びつけていきたいです。今は漫画を絵画に結びつけていくようなプロセスだと思っていて、それを漫画に回帰させたいなと。漫画という媒体で、どうやって風景を描くのか。キャラクターの掛け合いではなくて、「風景漫画」———ポスト風景漫画のようなものを描けないかと模索しています。まだどうどうなるかわかりませんが、いずれしたいことですね。
市川:風景漫画というのは……?
Liisa:例えば、漫画の世界の中にキャラクターが入っていく世界線があったとして、登場人物が漫画に入った後に消してしまって、絵画に直していくみたいなもの。あるいは商業漫画として成立した作品に登場するキャラクターを意図的に消して、風景だけに還元していくものとか……。道のりは遠いんですが、いずれそうしたことを実現したいと思っています。

Liisa《ドウム》2024
市川:その表現をどんな人たちに見せたいですか?
Liisa:難しいところですね……。私は、自分自身を狭間にいる存在だと思っているんです。国同士の分断があちこちで起こっているにも関わらず、私たちの手のひらにおさまるスマートフォンを使えば日本のSNSも、隣国のSNSも、スワイプするだけで切り替えることができる。対立は可視化されながらも、実際の経験は常に少しずれたところで重なり合っている。こうした状況は、個人がどうにかできる問題ではないとも感じています。ましてやアートがなにかを解決できるのかと言えば、全くそんなこともなくて……。ただ複数の現実が同時に立ち上がり、そうした分断や接続がどのように知覚され、イメージとして現れるのか、その不整合な感覚に関心があります。そうした関心を表現した私の作品を鑑賞するときには、作品をみずに通り過ぎてもいいけれども、もしどこかで引っかかる瞬間があれば、その場で少し立ち止まってもらえたらという気持ちでつくっています。市川さんはなにか考えていることはありますか?
市川:なるべくたくさんの人に見てほしいです。そのためには、多くの人に見ていただける場所に作品を置く必要があるなと思っていて。でも私の今の状況では、直接作品を見ていただける機会はとても限られていて….。
Liisa:たくさんというのはどのくらいですか? たとえばマンガの「たくさん」は、国民的に読まれるほどの規模ですが、現代アートは限られた人たちの中で共有されがちです。そうした限られた母集団の中のたくさんの人なのか、それを超えたたくさんの人なのか……。
市川:国境さえも越えたいろんなレイヤーの人たち全員を合わせた「たくさん」です。アートのマーケットの中にいる方達だけではなく、理想としては、いつか美術館で自分の作品を多くの人に鑑賞してもらえる機会があったら嬉しいです。今はそれを目指して努力しているところです。

市川慧《fish story》2023
Liisa:学生でありながらアートのマーケットに作品が出回っているってすごいですよね。異なる複数の環境で作品に向き合うこと———学内での評価と学外での評価の違いや、お客さんからのフィードバックの違いに関しても伺ってみたいです。
市川:学内では、制作に対して率直な改善点やアドバイスをもらう機会が多く、「何をしてもいい」という自由の中で、自分のやりたいことに挑戦できる環境があります。
一方で学外での制作は、ニーズを意識せざるを得ない場面もあり、依頼者や企画のコンセプトに沿った表現が求められることもあります。葛藤を感じることもありますがそうした状況の中で、自分の表現をどう貫いていくのかを模索しているところです。
———おふたりともありがとうございます。区切りの良いところで今日の対談はおしまいにします。
「KUMA EXHIBITION 2026」が2026年3月に開催決定!

クリエイター9期生が参加する大型成果発表展「KUMA EXHIBITION 2026」 が、2026年3月28日(土)・29日(日)に開催決定!東京の青山・スパイラルにて、アート、テクノロジー、音楽、建築など多様なジャンルの若手クリエイターが集う本展。新進気鋭のクリエイターたちによる作品が一堂に会する、刺激的な2日間をお届けします。
特設サイト|https://exhibition.kuma-foundation.org/exhibition2026/