インタビュー

【9期生対談vol.21】「人の感性とコンピューティングの交差点」を考える 対談:金子照由(建築学生)+中村陽太(作曲家)


クマ財団9期生による、クロストークを行う本企画。第21回は「人の感性とコンピューティングの交差点」をベーステーマに掲げ、金子照由(建築学生)中村陽太(作曲家)の2名が互いの持ち寄った質問に答える形で意見を交わします。

聞き手:クマ財団事務局
執筆:小泉悠莉亜
クリエイター写真撮影:コムラマイ / クマ財団事務局

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———今回は「人の感性とコンピューティングの交差点」を起点に対話をしていただきたい2名のアーティストに集まっていただきました。まずは読者のみなさまに、自身の活動を含めた自己紹介をお願いいたします。

金子:東京大学の修士1年生で池田研究室(建築情報学系)に所属している金子照由と申します。建築設計の方法そのものを設計することで、新しい建築の可能性を探る「つくりかたのつくりかた」をテーマに、人間と協働しながら自己組織的に建築をつくるロボットの開発や、情報技術を用いて自然と人の営みの中間点としての建築の建築設計を行っています。特に近頃は後者へ興味が移っていまして、数値化できる/コンピューターで扱える最も難しいものとしての「自然現象」と、コンピューターでは扱いきれない「建築」に対する人間の感情をどのように両立させ、ひとつの建築として設計できるのかを思索しています。

金子照由《Architecture of Bits ―ロボットは建築・都市をどう変えるか》2024
重機に比べて小型で狭隘空間での施工が可能かつ三次元的で極て複雑な構造物を建設でき、多様な空間をつくることができるロボットを活用する、金子の新たな都市計画構想。従来の建築や都市のあり方を大きく変える可能性があることを示唆した。

中村:東京藝術大学音楽学部作曲科に在籍する中村陽太です。人文科学一般への広い興味をベースに、現代音楽を中心に作曲をしています。最近は「コンピューター支援作曲」をより本格的に取り入れ、テキストを用いたシンプルかつ独自の手法で楽譜を表現するプログラムの改良も行うとともに、電子工作した機械や機材を用いた演奏にも取り組んでいます。

中村陽太《Wade for Piano and ensemble》2023
ソリストを川をわたる動作を行う「主体」、伴奏楽器群を「川」に見立てた楽曲。楽曲は最高音域のピアノパートからはじまり、「主体」は川の流れであるアンサンブルを眺めながら平行に歩くが、あるポジションに足を踏み入れると「川」との相互的な抵抗感が音形に作用するようになる。渡り終えたのちには、ピアノは最低音域へと歩みを進める。

———ここからはおふたりに持ち寄っていただいた質問を軸に展開します。まずは「たった1曲のために作られる『演奏場』についての考えを教えてください(中村さん)」です。

中村:以前金子さんと、特定の曲専用の音楽ホールが存在しえるかという話で盛り上がったのですが、とにかくそれが自分にとって興味深かったんです。大袈裟かつファニーな事象に感じて頭の片隅に置いているのですが、具体的にどういう形式があり得るのか? を金子さんにぜひお聞きしてみたいなと。

金子:美術館でいうところのホワイトキューブに相当する近現代的な音楽ホールは、どんな楽曲が演奏されても差し支えのない設計———ジェネリックな空間として存在します。それに対して、近代以前に設計された聖堂や教会にはパイプオルガンが設置されていることが多く、よくよく考えると「(楽器を)弾くための空間」として設計されている側面もあると思う。だとすると、ある一曲の美しさの最大限惹き出せるような、その曲のためだけの形式も作り得るのではないか? というのが僕の関心対象です。だからと言って「1曲のための音楽ホール」に関する具体的な構想はないのですが……。ただ近頃量子力学に対する興味がありまして。この学問は物事を絶対的な事象ではなく、全てが相対的であることを前提にしています。音があるとして、音は「聴かれる」時に初めて音として存在するというような考え方なんですが……。

中村:まさに音は波ですから。量子力学周りに関しては僕も興味があります。

金子:観衆がいて、演奏者がいて、その演奏者が出した音がどういうふうに波として広がり、観衆に届くのか? から考えはじめると、いわゆる音楽ホールのジェネリックなあり方から逸脱できるんじゃないかと感じます。いつか実現させてみたい建築物のひとつですね。

中村:これはすごく20世紀的な発想というか、ぶっとび感ですよね。

金子:そうですね。もっと五感に作用する空間体験があってもいいなとずっと思っているんです。現代建築は視覚に頼りすぎていて———特に最近の建築家や、建築を学ぶ学生は見た目がいかに奇抜かを競い合っているという状態ですから。そこから抜け出るための鍵
は、音のように目には見えないけれども、必ず人間が感じるものにあるんじゃないかと直観しています。

中村:なるほど。

金子:演劇空間に関しては、膨大な議論がこれまでにされてきたように感じています。ピーター・ブルック(演劇家)の著書『何もない空間』を読んだのですが、著者は「舞台装置の類が登場した結果、演劇はつまらなくなった。結果として、何もない空間が演劇にとっては最も良い」という趣旨のことを述べているんです。これは僕たちが面白がっている「1曲のためのホール」とは正反対の考えなのですが、こうした演奏空間における議論は音楽業界のなかではされていますか?

中村:あんまり詳しくないのですが、演劇と音楽の上演空間に関する議論のギャップは大きいかもしれないですね。一概に言えませんが、作曲家の中でも「あのホールはダメだ」といった類の話題はよく出ますよ。議論の対象になるのは主に響きです。「響きすぎるのでダメ」であったり、「楽器の音が直接的に聞こえるからあんまり好きじゃない」だったり、案外作家ごとにハッキリした好みの違いがあります。

金子:響きすぎてもダメなんですね。

中村:自分もそうですが、響きすぎる空間は、細かい音を聞かせたい作家泣かせです。書いたのに聞こえない、やりきれない気持ちになってしまうので(笑)。逆に細かい音が聞こえすぎて気が散るという観客の方もいらっしゃいますし三者三様ですね。

金子:中村さんにとっての理想のホール像はありますか?

中村:そうですね。ホールではありませんが、無数の、人ひとりも通れないほど細長いトンネル状の筒の先に、これまた無数の奏者がいて、その逆サイドからしか音が聞こえない。そのようなその筒からしか演奏が聞こえない装置とかでしょうか……。

金子:面白いですね! カミオカンデ(世界最大の水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置。5万トンの超純水を満たした巨大タンクと約1万3千本の光センサーで、宇宙から飛来するニュートリノを観測している)のような。

中村:そうですね。パリのポンピドゥー・センターに隣接する、IRCAMという世界最大級の音楽・音響科学研究機関があるんですが、その一室に、壁一面に小さなスピーカーが設置されていて、そのひとつひとつから違う音が出力されるものがあるそうです。それをアコースティックで出力したらどうなるんだろうと想像するだけで楽しいです。

———ひと区切りついたところで次の質問です。「ノイズと音楽の分水嶺はどの地点にあると考えますか?(金子さん)」。いかがでしょうか。

金子:大まかな捉え方で恐縮ですが、僕の考えでは、音楽とノイズは同一線上に存在するものの、異なる極に位置していると考えているんです。たとえば音楽が左極であれば、ノイズが右極にあるというように。その上で、焼肉の音を使ったりタイマー音を楽譜に含めたりする中村さんの作品は、その中間領域に相当するように勝手に感じているのですが、ご自身ではどう考えていますか? 併せてノイズが音楽に変わる瞬間、あるいはその逆についてもなにか考えていることがあればぜひお聞きしたいです。

中村陽太《Entropy imitation Yakiniku pool》2024

中村:そうですね。音楽と非音楽の差と言いますか、境目は音の種類ではなく、どちらかと言えば時間構成の違いかもしれません。音楽には時間発展がありますが、非音楽にはそれがない。あるいは物語的な発展があるものは音楽で、非音楽にはそれがないみたいなことでしょうか。物語的というのも恣意的な捉え方ですが。いずれにせよそうした時間構成の恣意性が、現代音楽における、音楽と非音楽の違いかと思います。ただスタティックな音楽———発展はしないけれども、鳴っていることそれ自体に美学があるといったカウンターも存在します。それは奏者や作曲家が音楽と捉えているかどうか、または、音楽に聞こえるかどうかに依拠している、要はどんな意図が込められているのかに依るので「これはアートか否か?」みたいな議論と似ているところがありそうです。

金子:なるほど、興味深いです。いわゆるストーリー性をぶち壊すみたいなことを考えているんでしょうか。建築の設計でも自分のアイディア一辺倒で突き進んでいるとつまらなく感じる時があるんです。そこにノイズが介入して、一気に面白くなることも多くて。ちなみに、「ピンクノイズ(1/fゆらぎに近い特性から、高いリラックス効果や深い睡眠の促進、集中力向上のための環境音として活用されるノイズの種類)」だと捉えられていなかったけれども、実はそうだった、みたいな音の組み合わせも存在しそうだと思いました。そうした組み合わせこそ、中村さんが手がけられるコンピューターでの楽曲制作で効果を発揮しそうな気もするのですが、それはいかがですか。

中村:そうですね。ブラウンノイズをテーマにした作品が数年前にコンクールで一位受賞したことがあるんですが、その時に同じようなことを考えました。その時は弦楽四重奏だったので、ノイズを自然発生させることはできなかったんですが、アイディアとしては試し甲斐がありそうですよね。

金子:本当に。

中村:僕と金子さんに共通するのが、完成物を計算的な手法を用いて出力するという点に感じています。具体例を交えて制作のプロセスを教えていただけますか。。

金子:例えばArchitecture of Bitsという作品では、ロボットが建築を組み立てたり解体したりしながら、都市の隙間に「巣」のような構造が生成されていく状況を想定し、人間が求める空間の条件、ロボットの関節可動域やリーチといった運動制約、構造物の重さや重力による構造的合理性の関係性を探るなど、複数の条件を満たす形態をコンピュータで逐次最適化をして設計することを考えました。人間の要求だけでも、ロボットの動きだけでも成立せず、それらが一致する地点で初めて形が立ち上がるように設定しています。また図面のような間接的な指示ではなく、3Dデータを直接ロボットに送り、実際に作ってみて違えばその場で調整する———僕の卒業論文では「リアルタイムプロトタイピング」と仮称したのですが———リアルタイムのフィードバックもコンピュータによって可能になる重要な要素です。完成形をあらかじめ固定するのではなく、設計と施工の往復のプロセス自体をコントロールしていて、何を媒介に制作するかによって形が変わっていく状態そのものを作品として扱っています。

中村:なるほど。

金子:昨今のロボットは緻密なコントロールがもとめられるようなこと、たとえばバク宙をして技術的な進歩の象徴のように語られるんですけど、実際はむしろすごく人間的なものだと思うんです。実際、裏側にいるのは人間ですし、コードを書くのも人間ですから。だからこそロボットだけでは成立しなくて、人間の意思を持って動く存在として、人間とどう共生するかが重要だと感じています。

中村:興味深いですね。音楽の分野でも、計算結果をそのままコピー&ペーストしただけでは音楽にはなりません。逆にパラメーターを緻密に操作すれば「音楽的な表現」は可能ですが、それ自体の難易度も高いですし、そこから本当に面白い音楽作品にするためには何かが足りません。人の感性と、コンピューティングの計算可能/不可能生の境目はやはり存在していて、そこを行き来することに制作の妙があるようにやはり思います。

———おふたりともありがとうございます。区切りの良いところで今日の対談はおしまいにします。

 


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