インタビュー
本質ではなく、何を選びとったか。過剰な装飾こそが本体をなしていく。〜4期生インタビューVol.39 長谷川白紙さん〜
クマ財団が支援する学生クリエイターたち。
彼らはどんなコンセプトやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。
今という時代に新たな表現でアプローチする彼らの想いをお届けします。
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4期生41名のインタビュー、始めます!
長谷川白紙
1998年生まれ。2016年頃よりSoundCloudで発表していた音源が注目され、2017年にEP『アイフォーン・シックス・プラス』を発表。
2018年に初CD『草木萌動』、2019年に1stアルバム『エアにに』をリリース。
DAWを駆使した作品やキーボード演奏を交えたライブで注目を集めるなか、2020年に歌と鍵盤のみの弾き語りカバー集『夢の骨が襲いかかる!』を発表した。
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https://kuma-foundation.org/student/hakushi-hasegawa/
「この音は気持ちいい」からディグっていった音楽遍歴
――久々にまったく新しい音楽を聴いた印象でした。さまざまな音楽のエッセンスを感じさせますが、白紙さんのバックグラウンドはどういったものなんでしょう?
白紙 私はアイコニックなアーティストに深く傾倒したりしたことがなくて、バックグラウンドというと“インターネット全部”みたいなところがあります。私たちの世代は生まれた頃からインターネットで多くの情報や音源にアクセスできたので、YouTube、ストリーミング、SoundCloud、ニコニコ動画などで雑多に聴いてきて、自分が興味を持ったたくさんの音楽が等価に存在している感じです。
なのでバックグラウンドの概念で言うと“たくさん”ということになるんですけど、中でも比重が大きいものがあって、ジャズはけっこう強めに影響を受けています。他にはブレイクコアやガバなど広義の電子音楽から影響を受けたり、普通にJポップも聴いてました。だから自分の音楽の要素をあげるとしたら、ジャズ、電子音楽、ポップスの三本柱になりますね。
――聴いていて興味を持ったらジャンルを掘っていくわけですか?
白紙 そうですね。最初の頃はジャンルの呼称もぜんぜんわかっていなくて、「この音は気持ちいいな」という観点だけでディグってました。中1の頃、人生で初めて買ったCDがサカナクションの『シンシロ』だったんですけど、山口一郎さんがインタビューでエレクトロニカの話をされていて、それで初めてジャンル名を知って検索したりしてましたね。
――キーボードを弾いてますが、いつ頃から音楽をやっているんですか?
白紙 実は私は記憶が始まるのが遅くて、もっとも古い記憶が中学1年生からなんですよ。その頃にはもう鍵盤を弾いていたので、記憶がない頃から音楽をやっていたようなんですけど、親の話では4歳からピアノを習わされていたらしいですね。それはすごい感謝してます。
一番はっきりしている記憶は、自分の部屋でオーネット・コールマンの『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』を聴いていた記憶なんですけど、それがいつだったか覚えてないし、ぼんやりした記憶がぽつぽつあって、それが一塊の記憶になったのがほんと最近で、大学入学の直前くらい。なので体感年齢が4歳くらいなんですよ(笑)。
――白紙さんの音楽は、洪水のような音数で、和音の浮遊感とポップな要素が複雑に絡み合っている印象です。どんなふうに曲作りをしていますか?
白紙 主に2パターンあって、弾き語りで大枠を作って装飾を足していくパターンと、先に楽曲を支えるイデーや構成を思いついて、それに沿って音を置いていくパターンがあります。後者の場合は、「悪魔」という曲が顕著なんですけど、楽曲がどういう方向付けをされて、どういうエネルギーで展開していくかという西洋音楽で言う構造ストラクチャーに対するメソッドに近い作り方です。あえてその構造を壊すように自分の身体的な弾き語りから生まれる即興的な楽想を入れることもありますし、その逆も然りという感じで完全にセパレートしているわけでもないです。
――フリージャズを思わせる即興のようでありながら、実は綿密に計算されている?
白紙 よくそうおっしゃっていただくんですけど、自分としてはまったく実感がないです。ドラムやパーカッションなどの装飾を足すときもキーボードで弾くんですけど、私はその試行回数がめちゃくちゃ多い。ドラムの音ひとつとっても、3時間くらいあらゆるパターンを叩いてるんですよ(笑)。緻密に計算されているように思われるかもしれないけど、ただ自然になるまで試行しているだけで、緻密な計算をぱっと思いつけるタイプではないんですよね。
――曲ができるまでに膨大な時間とエネルギーが費やされているわけですか。
白紙 おっしゃるとおり無限に時間がかかります(笑)。人に見せていないところで、この値をあと+1.5したほうがいい、ということを延々やってますね。凝り性は凝り性なんですけど、作品を出すタイミングと天秤にかけて、自分にとってはタイミングの方が重要なこともあります。19歳のときに出した『草木萌動』がまさにそれで、そのときは10代が終わるのが怖くて、今出したほうがいいと思ったんですよね。
自然ではない無差別で無節操な落差のエネルギー
――初期の「肌色の川」(2016年)という曲で方向性が見えたという話ですが、それはどんな方向性だったんですか?
白紙 あるものからあるものへ移行するときの落差のエネルギーこそが、自分の持っているエネルギーの中で一番強いものだということに気づいたんです。キーや音色やリズムや構造が突拍子もなく変わってしまったり、おどろおどろしいものの中から急に素晴らしく明るいものが表れたり、ある種、自然ではない無差別で無節操な展開といった落差のエネルギーです。その後に出した『アイフォーン・シックス・プラス』(2017年)の頃は、まだ自分が何を考えているのかわかってなかったですけど、過剰な装飾こそが本体をなしていくという概念や、音の洪水のような要素の片鱗は見え始めていたと思います。
――1stアルバム『エアにに』は、本質主義への批判が背景にあったということですが、それは「装飾こそが本体をなす」という概念とも重なるものですか?
白紙 重なります。たとえば「本心を言ってほしい」とか、人によって態度を変える八方美人は良くないとか、何かしらの本質があって、その本質こそが良いものだという思想が日本にははびこってますよね。私は本当にそれが窮屈で、自分が人と会話するときは、他人の数だけ違う自分のキャラクターや思考が生まれてくるものだと思うんです。
私にとってそれは幸福なことで、私の根源的な欲求のひとつに自分が置かれている枠組みをなくしていきたいというのがあります。たとえば男性の身体であるとか、出身はどこだとか、そういう枠組みをどんどんなくしていきたい。持って生まれたものより、何を選び取って何を身につけたかの方が、その人の思想や嗜好がより表れるものだと思うんです。それで本質主義的なものを批判するつもりで書いたのが「あなただけ」という曲です。私の歌詞はメッセージを伝えたり、言い表したい対象があるといった欲求がほとんどないんですけど、この曲だけは自分にとってイレギュラーなんです。
――一転して、次の作品は弾き語りカバー集『夢の骨が襲いかかる!』となりますが、この落差はどういう変化なんですか?
白紙 「あなただけ」で提示した本質主義的なものへの批判は、音楽的にも実践しています。たとえばトランペットやサックスなどの再現音源を使って、人間の演奏では不可能な奏法をたくさん取り入れることによって、再現された音がオリジナルの音とは違う価値を生むことを提示しようとしました。一方で、表象的になりすぎた実感もあって、面白い音響を生み出したい一心でそうした作曲技法を使っていると捉えられるだろうと思いました。私の身体に直結していないと思われても否定できないと思って、自分の身体をプレゼンテーションするために、一回、自分の声というものに着目しようと思って弾き語りにしたんですね。
――今後はどんな音楽を追求していきたいですか?
白紙 自分の声の音色というものに着目したことによって、トラックの音色など、それ以外の音色に興味が向いています。これまではけっこう無頓着で、それよりも楽譜の上で何が起こっているかのほうが自分にとって重要だったんですけど、今は各楽器の音色や、それが織りなす音色の快楽というものに興味が移っています。
たとえばハイパーポップというムーブメントが最近流行ってるんですけど、すごく音が割れた凶悪な音色を、ある種、批評的に使うという段階に達していて、本当に面白い実践がいろいろあるんですね。新しいテクスチャー、新しい価値が提示され続けている中で、常にそれを越えていかなければいけないと思っています。そうした音色の流行りを踏まえて、「自分が考える面白い音色やテクスチャーは何か?」ということと、もともと興味があった「楽譜の上で何が起こっていたのか?」ということが、うまく合致したらいいものができるんじゃないかと思っています。
――それは、自分にとって未知の音楽を探し続けている感覚ですか?
白紙 そうなんです。他の人がすでにやっていることを自分もやるということに対して、自分の中にあんまり喜びがなくて、意味を感じられないんです。自分の音楽でも一回やったことはやりたくなくなってしまうし、自分としては、まだ誰もやっていない音楽を開拓し続けるしかないと思っていますね。
――本日はありがとうございました!
長谷川白紙 information
■yuigot + 長谷川白紙「音がする」配信中
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■長谷川白紙 1stワンマンライブ「ニュー園 ショーケース」
2021年5月6日(木) リキッドルーム
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Text by 大寺明