インタビュー
【クリエイター奨学金(AI)「奨学生の声」】vol.5 プロダクトデザイン / 長谷川 泰斗
クリエイター奨学金第6期生
1998年茨城県生まれ。筑波大学 芸術専門学群 情報・プロダクトデザイン領域。人が存在する空間をフィジカル/デジタルの視点から捉え直すことで、形態に囚われない新しい空間体験を探求。音や光、振動をベースに、空間を拡張する装置としてのプロダクトデザインを主軸としている。
活動内容を教えてください
楽器の制作と、それを用いた表現活動を行っています。
表現と道具は密接な関わりを持っていますが、楽器は特にそれが顕著な領域であると考えています。多様な音楽表現に合わせてそれぞれの楽器が独自の形態へと進化を遂げており、この魅力的な時間軸に自分も新しい楽器を加えたいと考え、制作に取り組んでいます。
そもそも楽器を制作したいと思ったのは、表現に関わる道具を作りたいと思ったことがきっかけです。大学では、社会的な課題を解決する課題を主体に取り組んでいましたが、自身の強い関心は文化的な領域に向いていることに気づきました。そこから自分の人生にとって非常に大きな支えとなっている音楽という表現文化に関わりたいと思い、その道具である「楽器」を作ることが自分の一つのテーマになりました。
楽器といっても、より便利に簡単に演奏できる、といった方向性ではなく、音楽との新しい関わり方が生まれたり、音を使った新たな表現を生み出すことを念頭に楽器制作を行なっています。
クマ財団奨学生中では楽器が置かれる空間自体を音にすることで楽器を持ち運ぶことに即興性を生み出すSPATIALIZERという楽器を制作しました。空間の起伏を読み取り、それを音として出力することでその場でしか生まれない音を生み出すことを目指した楽器です。
また、楽器を「楽しむ器」と捉え、人々が互いに豊かなコミュニケーションを取ったり、生活が楽しくなる、手に取りやすい存在としての道具のデザインも行っています。
Phonoriumという楽器では、重力と音を操る電子マラカスをコンセプトに制作しました。誰もが手に取り、すぐに演奏ができるマラカスという楽器をベースに、より発展的な表現ができないかと考え制作しました。
マラカスと同様に音の粒を使って演奏するのですが、粒一つ一つに音を割り当てることができ、通常のマラカスではできないような表現が可能です。また、内部にかかる重力を変更することで地球上ではありえない振る舞い(1/6の重力にすれば月のマラカスになったり)を作り出すといったことも可能です。
このように新しい表現を目指したものから、音との新しい接点作りといった視点で楽器制作を行っています。
クリエイター奨学金に応募しようと思ったきっかけは?
卒業制作というタイミングを期に自分の制作の規模を広げたいと思ったのがきっかけです。ここでいう規模は「お金」と「コミュニティ」の二つがあります。
まず、卒業制作を控えていた学部3年の終盤に、「大きくて実際に動く製品を作る」という目標がありました。となるとそれなりにお金は必要だし、数回は失敗するだろうなと思っていたので、クマ財団の月に10万というのはかなり魅力的に映っていました。特にハードウェアの開発では、複数のプロトタイプを同時に制作して機能を検討することが最終的なクオリティにつながってくるため、それなりの価格のパーツを複数用意したり、材料を大量に用意する必要が出てきます。こういった金銭的な試行に躊躇なく取り組むには定期的な資金があることが非常に重要でした。
また、これまで私は大学で一人で制作していたので、ある種の孤独感を感じていました。単純に制作に没頭する意味では一人の方が楽なんですが、制作物自体を育てるという視点に立つと大学だけではないもっと広いコミュニティに身を置いた方が良いのではないかと考え、応募に踏み切りました。
奨学金は何に使いましたか?
主に材料費や制作環境費、機材費に使いました。
SPATIALIZERという作品では、外装をMDF板で制作したのですが、絶妙なカーブ形状を作り出すために複数の曲げ方を実験しながら理想の造形を目指していきました。比較的安い素材ではありますが、かなりの量を消費して曲げ方法を確立していったのでその実験代としてかなりの費用が必要でした。
また、サイズが大きいため全体の塗装費にもかなり費やしています。この作品に着手し始めたのがちょうど1月の真冬の時期だったのですが、塗装時間の短縮化のためにまず塗装環境を整えるところから始めました。
室内での塗装はサイズ的にも難しかったため屋外に塗装ブースを作ったのですが、気温の影響で表面の塗装が結露したり、必要以上に乾燥してヒビが入ったりするためストーブを2台用意して周辺を温めながら塗装をしたりと、世話のかかる作品だなぁと思いながら塗装していたのを覚えています。
3Dプリンターで造形するパーツも多く、こちらも造形時間の短縮化のために今まで1台だったのを3台に増やして制作していました。積層式のプリンターはどうしてもサイズや数、ピッチ等によって積算式に時間がかかったりしてしまうので、一台だと造形スケジュール的にも忙しなく見守る必要が出てくるのですが、3台体制になったおかげで同時に複数のモデルを出力して検討できたり、大量のパーツの出力時間を1/3の時間に削って別の開発の時間に充てたりと、かなり時間的な余裕を持って進められました。ただし騒音も倍増したので睡眠の質も削られてたと思います。
以上のように本当に奨学金は制作費にほとんど費やしていたと振り返ります。
今まで予算の都合上、妥協した手法にシフトして予算を抑えたりもしていたのですが、奨学金の許す限りフルで使い倒して理想の造形や内部機構を地道に検討できたのは本当によかったです。
クリエイター奨学金に採択されて良かったことはありますか?
月10万という程よい制約があるのが良いなと思います。
10万円って意外と制作してみると少なくて(失礼)ある程度工夫して使う必要はありつつも、いざとなれば月に10万までは失敗しても良いとも考えられる、このバランス感が自分の場合はかなりポジティブに働きました。
結果、応募前に予想していた通り、それなりにデカくて実際に動くものは作れたし、4,5回ほど失敗も出来ました。 また、普段なかなか出会えないような同世代と展示ができたことも印象的でした。自分と全く違う分野の人たちと展示をするのは割と歯応えがあり、大変なこともあるんですがお互いの価値観を擦り合わせながら一つの展示会場を作り上げていく過程はなかなか経験できない時間だったなと振り返ります。
最後に、応募者に一言!
応募までぜひ辿り着いてください。
自分もそうなのですが、応募しようと思い至るまでは簡単でも、入力フォームを見ると思ったより項目数があったり、いざ書き始めてみると自分の中の思いや考えが溢れて意外と途中で諦めそうになったりします。
クリエイター奨学金の応募は、自分の制作の軸や方針について再度見直す機会にもなりますし、それを限られた文字数で定着させることによって確固たる言葉として自分の中にしっかり残すことができます。制作に夢中になっていると、意外とこれができなかったりするので、ぜひ自分の中で仮の句読点を打つつもりで、最後まで書ききり面接まで進んで欲しいです。
また、面接では非常に鋭い一手を審査員からいただくこともあります。自分一人では絶対気づけない(あるいはうっすら気づいてはいるけど気づいていないフリをしてしまっている)ことを改めて鍛え直す機会として非常に重要な体験だと思います。完璧なプレゼンを目指すのではなく、審査員と共に自分の中の鋭い一手を鍛える場としてぜひ挑んでください。
今回からAIというテーマが加わり戸惑う方もいると思いますが、クリエイター奨学金の本質的な部分は何も変わっていないと思います。ただ道具の作り手として言えるのは、使える道具はどんどん使い、自分の腕という道具を磨く時間を多く取るということです。自分が使える道具を見極めながら、面白いものを少しでも多く世に送り出していきましょう!
「クリエイター奨学金(AI)」第8期生の応募締め切りは
2024年3月24日(日) 23:59まで!
詳細は以下をご確認ください。