インタビュー

活動支援生インタビュー vol.54 久保 暖「アカデミックな手法で限りなくポップに接近する、トラックメイカー1e1の未知なる電子音楽」

クマ財団では、プロジェクトベースの助成金「活動支援事業」を通じて多種多様な若手クリエイターへの継続支援・応援に努めています。このインタビューシリーズでは、その活動支援生がどんな想いやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。不透明な時代の中でも、実直に向き合う若きクリエイターの姿を伝えます。

活動支援生インタビューシリーズについての記事はこちらから。
活動支援生インタビュー、はじめます!


Dan Kubo | 久保

音楽、ファッション、アートなど、さまざまなバックグラウンドを持った表現者で構成されるクリエイティブ・コレクティブ「Laastc(ラーステック)」の創設メンバーとして活動を続ける「1e1(イェル)」こと久保暖。その活動は、作曲、インスタレーション、サウンドデザイン、トラックメイクなど多岐に渡り、現在は、1e1の新作EPをひかえている。電子音楽的でありながら、現実世界の揺らぎを感じさせる彼の音楽性に迫る。

インタビュアー・ライター:大寺 明

電子音と生音の中間にある有機的な音楽

――現代音楽の1ジャンルである電子音響音楽と、HipHopやR&Bなどのブラックミュージックを融合させた楽曲を手がけていますが、まずは音楽家としてのバックグラウンドを教えてください。

久保:幼少期からバイオリン、オーボエ、ギターなど、楽器にずっと触れており、コンサートホールやライブハウス、クラブなど様々な現場で音楽に関わってきました。作曲活動をするようになったのは高校を卒業した頃からです。

慶應SFCで学部時代を過ごしたのですが、その時の研究室が、幅広く電子音楽をあつかう研究室で、「音」に関わっていれば、なんでもありといった感じでした。僕はそこで電子音楽やインスタレーションなどの制作と研究をしていて、自分のバックボーンと大学で学んだアカデミックな領域を織り交ぜて制作手法を組み上げていった感じです。

――クマ財団のクリエイター奨学生だった2018年頃は、どんな創作活動でしたか?

久保:当時は、作曲とインスタレーション制作の二つを軸に活動していました。クマ財団に採択されたのは、改めて美術を勉強するために、東京藝大大学院の音楽研究科から美術研究科に入り直した頃だったと思います。

僕は、音楽とアートにあまり境界を持っていなくて、自分のアイデアをアウトプットする際は、そのとき表現したいことに最も適したフォーマットを選ぶようにしています。だから作品が音楽になる場合もあれば、空間作品的になる場合もある。美術研究科で改めてアートの領域を専門的に扱おうとしたのはそういった理由でした。

――少し前の話ですが、当時の発表されているインスターレション作品『Rhythopus』(2017)や『修景』(2018)はどのような試みだったのでしょうか?

久保:『Rhythopus』は粘菌にインスピレーションを受けて制作された作品です。画面内で自分の菌を繁殖させて相手の領域を侵食していく陣取りゲームのような形になっているのですが、プレイヤーが生成した菌のコロニーから波紋が伝播し、音が連鎖的に鳴るようプログラミングしています。対戦の中で波紋が伝播するタイミングが規定され、自然とグルーヴが生まれます。ゲームをプレイすることで電子音楽が生成される「演奏システム」だと僕らは捉えていて、ゲームのようでもあるけど、楽器に近いものですね。

この作品は大学院の同期でありLaastcの創設メンバーの1人であるPause Cattiとの共同制作でした。

『修景』(2018)は「人間の演奏を出力するインスタレーション」として制作しました。室内楽の演奏家5人がインプロビゼーションで演奏するのですが、ただ即興を行うのではなく床に投影された映像を頼りに演奏をしてもらうというものです。映写されるのは音符による指示ではなく、「鋭い音を出す」「長い音を出す」といった記号による抽象的な指示になっていて、演奏するとその記号が別の奏者のもとに飛んでいき、キャッチボールのように即興演奏が始まります。

普通の即興演奏は人間同士の掛け合いを通じて音楽が生まれますが、この作品では、奏者の演奏に応じてプログラムが指示を変えるようになっていて、奏者とプログラムが互いに指示を出し合うサイクルになっています。思いのままに即興演奏ができない奏者と、自律的に指示を出せないプログラム。そのせめぎ合いのなかで誰も意図していなかった楽想を生み出そうとする試みでした。

――いずれの作品も、人が関与することで無機的なプログラムが有機的になるかのよう印象を受けます。自身の音楽を「有機的な電子音」と形容されていましたが、どんな音をイメージしていますか?

久保:僕はクマ財団活動当時、楽曲制作において、シンセサイザーやサンプラーなどの電子的な音を使うことを避け、すべて現実世界にある生の音を素材にしていました。例えば食器がぶつかる音や雨の音をレコーダーで録音し、それをPC上で変調してシンセサイザーやドラムのような音を再現することで、現実世界にも無い、オシレーターでも作れないような音像を表現していました。

二つ以上の要素をせめぎ合わせ、どちらにも属さない中間的なものを表現することが、好きなんだと思います。『Rhythopus』にしても『修景』にしても、中間を表現することがアイデアの根幹にあり、その考え方は今も自分の手法のひとつになっています。

クリエイティブコレクティブ「Laastc」の誕生と「1e1」

――「1e1」の名義での音楽活動について、電子音響音楽ともまた違うジャンルにも思えますが、どのようなスタンスで活動しているか改めて伺えますか。

久保:最初は友人のMÖSHIから「ファッションのコレクションをやりたいから、音楽を担当してほしい」と頼まれたのがきっかけです。MÖSHIはその頃ロンドンのセントマーチンズでファッションを学んでいたのですが、彼とは昔からよく一緒に飲んだり、共同制作したり、アイデアを交換したりする仲でした。当時、同じようにつるんでいた仲間が何人かいて、それが自然と「Laastc」になったという感じです。

このLaastc内での音楽名義として本格的に「1e1」の活動を開始しました。

――なるほど、2018年にはファーストEP『Quartier Latin』をリリースされています。どのようなコンセプトだったんでしょう。

久保:当時は創設メンバー全員がアカデミックな領域にいたので、自分たちが学術的な文脈でやってきたことをポピュラーミュージックに融合させてみたいというのが、共通の考えでした。

たしかLaastc最初の活動となったコレクションがストリートカルチャーをフィーチャーしたもので、その代表としてHipHopを作ろうとしたのがきっかけで、ブラックミュージックにアカデミックな電子音響音楽の手法を混ぜ合わせたら、どんな音楽が生まれるんだろう?という発想から制作をスタートした感じだったと思います。

並行していたコレクションのコンセプトと絡めながら作ったEPだったので、タイトルの意味はいくつかあるのですが、「Quartier Latin(カルチェラタン)」とは、パリの学生街の地名です。当時アートスクールの学生だった僕とMÖSHIがアカデミックな立ち位置からストリートを解釈する意味合いもあり、自分の音楽的なバックグラウンドを含め様々な切り口からブラックミュージックにアプローチしたEPです。収録された6曲には、それぞれMÖSHIが楽曲を元に作成したグラフィックがあり、音楽、アート、ファッションが渾然一体となった活動になりました。

―― その後、2020年にファーストアルバム『Cryptobiosis』をリリースしています。本作についてはいかがですか。

 

久保:環境への抵抗力が異常に強くなる、平たく言えば不死身になる「クマムシ」という生物がいるのですが、そのクマムシが仮死状態に入ったモードを「Cryptobiosis」と言います。このタイトルは、ある状態から別の状態に移行することを意味し、「制作手法の変化」をコンセプトとしました。

それまでシンセサイザーやサンプラーで音を作ることを避け、先ほどの話に挙がった生音を扱った電子音楽を作っていたわけですが、本作では、定番のリズムマシンであるTR-808やシンセサイザーを使うなど、オーソドックスな電子楽器を使った制作手法を取り入れました。また、クラブミュージック的なアプローチを残しつつも歌やラップが入った曲が増え、かなりポップになっていると思います。

――特定の手法やジャンルの垣根に固執しすぎず、自由に行き来する様子は、ある種「コレクティブ」の概念とも重なりを感じます。Lasticとして活動することは、どう捉えていますか?

久保:創設当時、メンバーほぼ全員がアカデミックな領域にいたので、自分たちが学術的な文脈でやってきたことをカルチャーに融合させてみたいというのが、共通の考えでした。

例えばバンドの場合、ギターやドラムといった音楽のパーツを細分化した担当がありますが、コレクティブは各自の持つ担当領域が名義や分野そのものだったりする。それぞれが作用しあいながら一つの「世界観」を表出するのがコレクティブの特徴だと思います。

――ちなみに「CHLRX(シャルル)」という名義でも音楽活動をされていますよね、1e1とはどういった違いがありますか?

久保:僕が電子音楽をはじめた初期の曲調に近いのがCHLRXです。1e1ではその曲調をリダクションし、よりポップでわかりやすい音楽にしていますが、CHLRXはそういったことを一切考えず、好き勝手にやる自分専用のアトリエみたいな活動です。

CHLRXとしては2023年に1曲20分近くの大型シングルをリリースしています。最近では、TOKYO NODEで開催された「蜷川実花展」の展示室で音楽を担当しましたが、こちらもCHLRX名義になっています。

2つの要素の中間で

――現在、EPを制作中とのことですが、新作で表現しようとしていることは?

久保:新作においても中間を扱っているんですが、2つの要素の「中間」というより、少し矛盾した言い方ですが「漸近線の狭間」というイメージです。

―漸近線の狭間とは、どういうことでしょう。

久保:例えば反比例のグラフのように、数値を限りなく増大させていくとある曲線との距離が限りなく0に近づく直線のことを「漸近線」と言います。

ある状態へと限りなく近づきながら、決してその状態にはならない、そういうギリギリ到達しない歯痒さから生まれる感覚に関するコンセプトを抱えています。例えば限りなくポップなんだけどポップミュージックと呼ぶにはどこか気持ち悪い要素がある、とか。

――無機物と有機物、アカデミックとポップスなど、どうして久保さんは2つの要素の「中間」に惹かれるのでしょうか?

久保:昔から規定されるのが好きじゃないという天邪鬼なところがあったと思います。たぶん一番強い理由としては、複数の要素を混ぜ合わせることで生まれる全く別の要素とか、意図からはみ出る混沌みたいなものに惹かれているんだと思います。

この感覚を説明するために、僕はよく盆栽の話をします。盆栽は針金を巻いたり、枝葉をカットして植物に人間が手を加えますよね。一方で植物は、より光を浴びられるように生物的な意図で成長しようとする。そうすると互いの意図が拮抗し、植物が生えたかった形にもならないし、完璧に人間の思い通りの形にもならない。

中間的なものには、自分のフレームワークからはみ出る快感みたいなものがあって、自分が想像だにしなかったものが生まれる確率が高いように思います。せめぎ合いから生まれる混沌が、これまでの自分のクリエーションには通底しているように思います。

――本日はありがとうございました。EPのリリース楽しみです。


 

久保 暖
音楽家。独自の手法で生成した音を用いて有機的な電子音を奏でる。2018年夏季にソロEPをはじめ多数作品をリリース。美術分野では、現象を抽象化して時間軸上で拮抗を扱う空間作品を制作する。東京藝術大学大学院音楽研究科修了、同大学院美術研究科在籍。

ご質問は下記のフォームより
お問い合わせください。