インタビュー

活動支援生インタビュー Vol.61 向井 航 ウィーンでの挑戦を終えて―オペラ公演『The Mirror of Nomori』を振り返る

クマ財団では、プロジェクトベースの助成金「活動支援事業」を通じて多種多様な若手クリエイターへの継続支援・応援に努めています。このインタビューシリーズでは、その活動支援生がどんな想いやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。不透明な時代の中でも、実直に向き合う若きクリエイターの姿を伝えます。

活動支援生インタビューシリーズについての記事はこちらから。
活動支援生インタビュー、はじめます!


Wataru Mukai | 向井 航

『The Mirror of Nomori』公演の様子 ©池上和樹

2023年東京にてジェンダーマイノリティをテーマにした音楽劇『NOMORI』を上演した向井航は、2024年6月ウィーンにて同作を拡張したクィア・ドラァグ・オペラ『The Mirror of Nomori』(邦訳:野守の鏡)を上演した。このインタビューでは、自身初となるウィーンでの音楽劇上演に伴う困難や、達成できたことについて、本公演でドラマトゥルクを務めた前原拓也が聞いていく。

聞き手・書き手:前原 拓也

音楽劇『NOMORI』からクィア・ドラァグ・オペラ『The Mirror of Nomori』へ

——今回、向井さんが作曲したオペラ『The Mirror of Nomori』のプロジェクトについて、時系列に沿って聞ければと思います。本作は2023年に東京で上演した音楽劇『NOMORI』を基に、ほとんど2倍ぐらいのボリュームに拡張されました。どうしてこの作品を拡張したいと思ったのでしょうか。

向井:前回は『ドラァグの身体』※1 っていう自分の個展の中の第2部がそのオペラだったので、その時は45分くらいがちょうど良かったんですね。でもその作品だけで聞いたときに、45分だとちょっとこう満足感が減るというか、なんか中途半端な気がしたんです。内容的にも、登場人物たちが自己紹介をして、急に鬼が出てきて終わる、という流れが急すぎたり、キャラクターをもっと深く追求することが作品の中でできてなかったと感じました。あと、オペラを書くことは作曲家にとって本当に特別なことで、だから自分はこの作品を、これまでの作曲人生を懸ける気持ちで書いたんですね。そんな力を込めて書いた作品を、いろんなところで上演できたらいいなって思いました。なので、ヨーロッパのフェスティバルでよく上演されている、90分ぐらいの作品を作りたいと思ったんです。自分にとっても、東京版はあれで完成っていうよりはプロトタイプだと思っていたので、完成版をウィーンで上演したいなと思いました。

※1 2023年2月に東京にて開催した向井航作曲作品の個展。詳細は下記リンクのインタビューに詳しい。
クマ財団:活動支援生インタビュー Vol.34 向井 航 ドラァグ表象から描くオペラ『NOMORI』
https://kuma-foundation.org/news/8611/(2024年7月26日閲覧)

——なるほど。それで、実際に作品をどうやって拡張していったのでしょう?

向井:作品を拡張していく上で、ドラマトゥルクの前原さんに構造的な部分を相談しました。能の『野守』の鬼が持つ鏡は、天国から地獄まで映し出す鏡で、東京版の『NOMORI』でも原作の設定を踏襲したんですけど、どうして登場人物が鬼の鏡を見たくなったのかというモチベーションをはっきりさせようと思ったんですね。だから、それぞれの登場人物が自分の鏡を持っていて、それぞれの鏡の機能が違うという設定にしました。カウンターテナーのキッティは自分の美醜にとらわれていて、常に女らしく美しくありたくて整形を繰り返す役なので、彼女の鏡は自分を醜く映し出してしまいます。だから彼女はアリアで、「老いて醜くなることが怖い」と歌いますが、これはゲイカルチャーやクィアカルチャーに蔓延るルッキズム批判と繋がっています。(ゲイやクィアだけでなく)現代社会もそうかもしれないですが。テノールのティッティは自分のことが大好きだから、彼の鏡は自分をより美しく映し出す。ソプラノのシッシーの鏡は自分を直接映し出すけど、彼女はそれを割ってしまい、自分を映し出すことができなくなる。バスのビッティは、実際にインスピレーションを受けた人がいるんですけども、彼女の鏡はそのままの男性的な見た目の自分を映し出します。ですが、自身の性自認は女性なので、内面と外見のギャップにすごく悩んでいます。

キッティ役の久保法之。本作では鏡が重要な役割を果たす。 ©池上和樹

——それぞれの鏡が自分の心理的な状況を表していますが、でもそれとは違う自分を見たいということで、地獄の鬼のところへ鏡を見に行くんですよね。

向井:そうです。フィクションとして1幕は提示してるんですけど、2幕はドキュメンタリー寄りで、地獄っていうのは実はクィアな人を取り巻く現実世界だったという流れにしています。今日のトランスジェンダーに対する言われのない批判だったり、それでもこの世界を生き抜かなければいけない現状だったり、そのことをノンバイナリーの方や性的に違和感がある人のインタビュー音源と結びつけて、地獄の表現をしました。登場人物たちはその現実を見たくないから鏡を壊して、その禁忌を犯した彼らの前に鬼が出てくるっていう流れなんですけど、こうやって現実とフィクションの境界を、鏡を通して演出していきました。

——作品のフィクションの先に現実的な話が入ってくる。そしてそれが地獄になるというのはいい効果になりましたね。

向井:そうですね。2幕では歌手が客席の方に座って、観客と一緒に舞台を見るっていうシーンがあるんですけど、私たちに語りかけていた歌手と客席の目線が同じになるっていうのが、イマーシブというか没入感も出て、いい効果だったなと思います。どこかのファンタジーのお話だと思ってたものが、客席にリアリティが流れ込んでくるみたいな。

劇場選び、キャスティング、スケジュール

——このように進化させた作品をウィーンで上演することになりましたが、でもどうして、ウィーンで上演しようと思ったんですか?

向井:東京で『NOMORI』を作った時から、私はもうウィーンに住んでいて、以前からウィーンと東京って都市の感じがすごい似てると思ってたんですよね。東京でやってみて、演奏後の感触とかを聞いてみて、これだったらウィーンでもきっとうまくいくと思いました。ウィーンの人たちは、オペラを聞きに行く土壌があるし、新しいアートに対する興味もあるし、日本の文化に対する理解もすごくあって、この作品をヨーロッパで最初にやるとしたらウィーンだなっていうのは、東京でやったときに思いました。

——確かに東京だと、クィアっていう考え方も新しいし、オペラもそれほど根付いてはない。一方でウィーンでは、オペラという文化は根付いているけど、クィアに対する理解はまだまだ発展途上ということで、そこが一つ大きなチャレンジだったというわけですね。それで、ウィーンの中でアルヒェ劇場(TheaterArche)を選んだのは、どういう経緯だったんでしょうか?

向井:まず劇場を探すにあたって、新作のオペラや演劇、あとはクィアな作品をやっている劇場、そして劇場以外にも、クラブやキャバレーとかでもこの作品は結構フレキシブルに上演できると思ったので、ドラァグクイーンが活動しているようなところも含めて探していきました。助成が獲れるか否かでどの程度の規模の作品ができるかが決まるので、このクマ財団の助成※2が取れた6月下旬ごろから動き始めました。ですが、ウィーンの劇場は本来2年先の予定が決まっていくようで、ピックアップした劇場はほとんど埋まってしまっていたか、料金が高すぎて、手が出せない状況でした。
9月以降からいろいろな会場に実際に足を運んで探す中で、たまたまアルヒェ劇場の演劇公演を見に行ったんです。そこがすごい雰囲気のいい劇場で、この劇場で自分のオペラをやる映像が、自分の中で浮かんできたんですよね。この劇場は、ヤクプ・カヴィンさんというオーストリア人と、岡﨑麻奈未さんという日本人の2人が運営していて、10月下旬に岡崎さんに連絡を取ってみたら、公演をしようと思っていた5月の終わりがたまたま空いているとのことでした。その後、劇場を見せてもらったときに、舞台上に4つのドアがあることに気付きました。『The Mirror of Nomori』は飾り窓からインスピレーションを受けた売春宿がテーマで、4人の登場人物に4つのドアが必要な作品なので、これは運命だなと思って、アルヒェ劇場を選びました。

※2 クマ財団の主催する、財団奨学金の卒業生の企画に助成をする活動支援。

舞台美術が設営されたアルヒェ劇場。 ©池上和樹

——歌手や奏者たちは、どういうスケジュールで探したんですか?

向井:歌手や奏者は、今回助成金を申請するときになんとなくもう決めていて、例えばキッティ役の久保法之さんとか、シッシー役の松島理紗さんとか、音楽監督の平塚太一さんとかはもう決まっていました。楽器の奏者は、ユーフォニアムの佐藤采香さんみたいな、替えの利かない楽器の人以外は、ウィーンの人たちとやることに決めていました。でもティッティ役のテノールだけ最後まで見つからなくて。ある程度体を鍛えている典型的なゴーゴーボーイ※3 像が欲しかったんですが、なかなか見つからず、最終的に見つかったのは、1月とか2月だったと思います。

※3 ゲイのアイコン的な、ゲイクラブで観客を盛り上げるダンサー・パフォーマー。

——それから公演までのスケジュールはどう進めましたか?

向井:その後、2月の途中までずっと新しく伸ばした台本の部分の修正とかをやっていて、作曲に取り組めたのは2月から3月の中旬の一か月半ですね。もう本当に死ぬ気で書きました。4月の中旬ぐらいから私が歌手と個人リハーサルをしました。その後、5月下旬に3日間オーケストラと歌手と音楽稽古をして、その後の3日間歌手とコレペティで立ち稽古、その後劇場入って仕込みをして、HP※4 とゲネプロをやって、6月1日と2日で本番2回って流れでしたね。

※4 Hauptprobe(ハウプト・プローベ)の略。ゲネプロの前の通し稽古。

——本番前は怒涛の二週間でしたね。

向井:いやー、やばかったですね。本当に寝れなくてびっくりしました。

——今回は2役をウィーンでキャスティングして、バスがマックス・ベルさん、テノールがヴァレンティン・トランダフィールさんというウィーン在住の歌手になりました。前回は全員日本人のキャストでしたが、ヨーロッパの歌手と新しく一緒に仕事してみてどうでしたか?

向井:まず、新作オペラだと音源もないし練習も大変だから、ヨーロッパの歌手は降りることが結構あるって聞いていて心配してたんですけど、自分がすごく精神誠意を持って練習にも付き合ったら、皆それに応えてくれて、意外と日本のときと同じような感覚でできたなと思います。私がこういう思いで作ったっていうのを説明していくうちに、信頼関係が生まれて、そういう意味ではやりやすかったです。

ビッティ役のマックス・ベルとティッティ役のヴァレンティン・トランダフィール。 ©池上和樹

——劇場とかで働いている人だと法的に拘束されてるから、ちゃんとみんな働くんだろうけど、こういうフリーシーンの公演だと結構みんな自分の都合を優先しちゃうのかもしれないですね。でも信頼関係が築けて良かったです。今回、松島さんも含めて3人が新しいキャストになりました。自分が曲を書いた時に描いていたイメージがあると思いますが、実際の上演や稽古での歌手のパフォーマンスを見てどうでしたか?

向井:自分が今回うまくいったなと思うのは、初演時の映像を(新しいキャストに)見せなかったんですよね。前回のインタビューでも言ったんですけど、このオペラでは、歌手のアイデンティティも引き出したいと思っていました。もちろん、リハーサルする中で、作品の中のクィアカルチャーから来てる表現とか、各シーンの感情は全部説明したんですけど。例えば、シッシーは前回すごく妖艶な感じの役だったんですが、今回は(松島さんの個性を活かして)ボーイッシュというか、もっとぶっちゃけた感じの役作りにしてもらいました。あと、ティッティはゲイのゴーゴーボーイっていう役なんですけど、ティッティ役のヴァレンティンはオープンなゲイだったので、そういう意味ではすごくやりやすかったです。話し合いながら役を作っていって、彼のキャラクターがすごく引き立ったと思いますね。結果、あまり見たことないゴーゴーボーイ像になりましたけど、すごく面白いキャラクターになったと思います。

シッシー役の松島理紗。 ©池上和樹 

ティッティ役のヴァレンティン・トランダフィール。HIV感染予防薬のPrEP(プレップ)について説明するシーン。©池上和樹

スタッフとの共同作業

——役の演出についての話に入ってきたので、スタッフとの共同作業についても聞いていきたいと思います。まずは演出家から。向井さんって、作曲する時にも色々自分の視覚的なビジョンを持っているし、ゲイカルチャーから色んなものを引用しているので、向井さん自身が演出的な視線を持って作曲していると思うんですよね。今回、東京公演ではいなかった演出家をチームに迎え入れて、一緒にキャラクターを作っていきましたが、その共同作業はどうでしたか?

向井:東京の時は、自分が演出にも入って、照明の植村真さんにもアドバイスしてもらったり、歌手の人たちにも自発的に動いてもらって、それが奇跡的に機能したという感じでした。今回は、自分が手を放して演出家に任せてみることで、作品が広がっていったりすると思うので、その勇気を持ってもいいんじゃないかなって思ったんですね。それで、ウィーン在住の佐藤美晴さんにお願いしました。ただ自分が、演出家とこんなに密に一緒にやるのが初めてだったので、最初すごく戸惑ってしまいました。自分の中でもビジョンがあるし、でも彼女も作曲家で台本も書いた私が横にいるから、多分やりにくさみたいなのはあったのかなと思って。前原さんとも相談したんですけど、稽古の途中で、自分が少し作品を手放すために演出を入れたんだと思い直して、勇気を持って任せようと思いました。

——そうですね。稽古の序盤は少しギクシャクしていたけど、だんだんいいバランスにまとまっていった感じがします。

向井:そうですね。私の中でも動作のディティールにはこだわりたいところがいくつかあって、例えば「クイーン」って歌う時には、揃えた動作を入れたいとか。でも全体の演出は美晴さんにお任せしました。
あとは、照明デザインはヤクプ・カヴィンさんにお願いしたんですが、演出の美晴さんと一緒にこだわった照明を作ってくれました。美晴さんは照明に対する信念がある方だったので、そういう意味では(今回の公演では)照明が際立って良かったと思います。

——あとは、美術家のナタリー・ノエルさんが今回入りました。

向井:たまたま劇場の人が紹介してくれて、ポートフォリオ見て素晴らしいと思ったので、ベルギーから呼んだんですよね。今回作品を伸ばした中で、一番大事だったのは鏡の演出でした。だから、その鏡の表現を彼女と作り上げられて良かったです。最終的に、1幕ではバラバラになっていた板が集まって、池になっていくという転換もうまく機能して、とてもいい舞台美術になりました。

——あとは、前回ではいなかった出演者として、先導者役のファビオ・コウチーニョさんとダンサーのフォール・西上菜穂子さんがいましたね。

向井:1幕は全員がドラァグクイーンの衣装を着ていて、既に起きていることがクィアな中で、2幕でさらにクィアに展開するにはどうすればいいか考えたんですね。この作品を、ファンタジーとして終わらせるんじゃなくて、観客に、自分が生きてる世界とこの舞台が実はつながっていることを示すためには、それ(ファンタジー)をぶち壊すエフェクトが必要だと考えました。クィアな舞台の中でのさらにクィアな表現ってなったときに、いろいろ考えて、人形遣いっていうのがすごく面白いと思ったんですね。だから、観客が入り込んだ世界をぶったぎる存在として、人形遣いのファビオに入ってもらいました。しかも、彼はブラジル出身で、彼のドイツ語はすごいブラジルのアクセントがあるんですよ。この作品を書いた私も日本人で、自分のドイツ語ももちろん日本語のアクセントがあるから、ネイティブじゃないドイツ語を舞台で提示したかったっていうのはありますね。

先導者役のファビオ・コウチーニョ。©池上和樹

ダンサーのフォール・西上菜穂子。©池上和樹

 

——ネイティブじゃないアクセントは、ウィーンの現実も反映していますよね。

向井:そう、ウィーンもほぼ1/3ぐらい外国人が住んでます。この作品は、英語で上演しているのに、ファビオが喋る箇所だけドイツ語なんですよね。2幕では、登場人物が野守の湖のある鬼の世界に行くんですけど、ファビオがドラァグクイーンの人形を持って出てくるっていう演出が、すごい効果的でよかったなと思います。2幕の最初にバイオリンソロをバックにダンサーの菜穂子さんが踊りを披露するシーンも作りました。ダンサーのイメージは羅生門の老婆にインスピレーションを受けています。このシーンでは、歌手もお客さんと一緒に座ってて見てて、踊りが始まると思ったら、本当にゆっくりとした、能からインスピレーションを受けた動きのナホコさんが出てくる。これもお客さんに違う意味でショックを与えたかったという意図で加えました。演出家の解釈で、ダンサーはドラァグクイーンの成れの果てみたいな、登場人物たちがなりたくない未来としても見えるような演出になりました。

手探りの広報活動

——2人が入ったことで、作品のラストシーンへの流れも東京版とはガラッと変わりましたよね。さて、公演の内容面はこれくらいにして、広報についてもお聞きできればと思います。結果、両公演満員で集客面ではかなりうまくいったと思いますが、どのような広報を打ちましたか?

向井:ウィーンでの公演の経験もなければ、広報の経験自体全くなかったので、アルヒェ劇場を貸してくださった岡崎さんに、広報アドバイザーとして入ってもらい、普段どのような広報をされているかを聞いて、実行していきました。公演の2週間くらい前から、業者に依頼して街頭広告で200か所ぐらいポスターを貼ってもらったり、フライヤーを200か所ぐらい、いろんな店のスタンドとかに置いてもらいました。宣伝動画もインスタグラムで作って、それを出演者の人たち含めて拡散してもらったりもしましたね。あとは、上演を見て記事を書いてもらう人が必要だって言われて、プレスの人たちに来てもらえるように企画書をメールでたくさん送りました。音楽関係者だったり、作曲家だったり、いろんな人に個人的にメールもしました。すごく大変でしたが、結局、3日くらい前には全席売り切れました。ゲネプロを見た批評家の方がすぐに記事を挙げてくれて※5 、記事を見た人がたくさん劇場に電話をくれて、当日券にも並んでくれました。そうやって批評家に書いてもらうということが、すごく大事なんだなと身をもって実感しました。会場のある6区の新聞の方も来てくれて、作品の批評を記事に取り上げてくださったり※6 、たった2回公演でしたけど、書いてもらえて良かったと思います。


※5 Heinz Wagner氏によるウェブサイトでの批評記事。
https://kijuku.at/buehne/spieglein-spieglein-wer-bin-ich-und-wer-will-ich-sein/(2024年7月26日閲覧)


※6 Salme Taha Ali Mohamed氏による、ウィーン6区のニュースサイトでの批評記事。
https://www.meinbezirk.at/mariahilf/c-freizeit/eine-japanische-drag-oper-haelt-einzug-in-mariahilf_a6689216(2024年7月26日閲覧)

『The Mirror of Nomori』ウィーン公演フライヤー。

——一つ残念だったのは、ウィーン芸術週間※7 と重なっちゃったから、なかなか批評家も空いてないみたいでしたね。

向井:そうですね。ただ、ちょうど6月がプライド月間で、しかもウィーンでは、ウィーン・プライド※8 っていうイベントもやってる期間だったから、ジェンダー・マイノリティに力を入れてる期間だったんですよね。だからいろんなクィアの人たちも来てくれて、その人たちが「素晴らしいオープニングだった」って言ってもらえたことがすごく嬉しかったです。批評家があまり来られなかったのは残念ですが、結果的にクィアの人たちにたくさん来てもらえたので良かったです。

※7 毎年5月~6月にウィーンで開催される、舞台芸術のフェスティバル。

※8 毎年5月~6月にウィーンで開催される、LGBTIQ+のためのフェスティバル。

作曲家として土地と繋がれた気がした

——劇場のある6区が、ウィーンの中でもダイバーシティに力を入れている区でしたね。6区がプライド月間に開催している、ダイバーシティをテーマにしたフェスティバルのパンフレットに、この公演も載せてもらったりして、町とのつながりもすごい感じられた公演でしたね。

向井:本当にそうですね。いろんなクィアの人が集まるバーにフライヤーやポスターを持って行ったり、そこで横に座ってる人にフライヤーを渡したりもして、興味を持ってくれる人もすごい多かったんですよね。外国人としてこっちに住んでいると、意図的かどうかは置いといて、差別的なことに遭遇したりっていうのがいまだにあって、そのために落ち込んだりします。もちろんそんな多くはないですけど。でも、自分から飛び出してみて「こういうことやってるんです」ってフライヤーを渡して、いろんな人やお店が好意的に受け取ってくれたのはとても嬉しかったです。クイアな本屋さんがあって、そこの社長さんとお話しして、フライヤーを置いてもらえたりして。今まで22歳からヨーロッパで住んでいて、一番この土地と繋がられた気がしました。

——確かに自分で作品を発表する機会がないと、作曲家は町の中で自分がどういう人間なのか知ってもらう機会がないですもんね。でも実際に自分でオペラを作って発表すると、町の一員として認められるというか、ウィーンの社会の中で一つの役割を果たしているというか、そういう気持ちになるんでしょうね。

向井:そうです。作品が、一応ダブルマイノリティをテーマにしてますが、自分もクィアで日本人というダブルマイノリティでもあって、だからウィーンの社会で引け目を感じてる部分もあって。ドラァグの文化がウィーンでどの程度受け入れられているのか未知数でしたが、ドラァグクイーンのオペラをやるっていう話をしたら意外と好意的に受け入れられたので良かったです。

——公演を見てくれたクィアの人たちのフィードバックもあったという話がありましたが、具体的にお客さんからのどういう反応が印象に残りましたか?

向井:おおむね、めちゃくちゃ反応すごく良かったです。嬉しいことに。本当にいろんな人が来てくれて、有名な人で言うと、ウィーン在住の作曲家オルガ・ノイヴィルトが来て、絶賛してくれました。アルヒェ劇場が普段は演劇作品とかダンス作品とかが多いので、来る客層が演劇畑の人も多くて、多分新鮮に映ったのかなと思います。普段オペラとか見に行かない層の人たちも来てくれて、(今回の作品は)現代音楽でドラァグでオペラで、どういう反応をもらえるか不安だったんですけど、すごく楽しんでくれました。アカデミックな層だけじゃなくて、そういうクラシック音楽を普段聞かない人たちも、楽しんでもらえたっていうのはすごい嬉しかったし、めちゃくちゃいろんなジョークが笑えたって言ってもらえたことも良かったです。やっぱり日本とドイツのジョークの感じって違うじゃないですか。だから、台本の中でうまく機能しているかどうかちょっと心配だったんですけど。あとは実際に(この作品が扱っている)クィアでセックスワーカーの方も来てくれて、すごくこの作品を喜んでくれました。当事者の人たちがどういう反応するかっていうのは、作り手としては興味のある部分でもあり結構怖い分でもあるんですね。だからポジティブな反応をもらえたのはすごく嬉しかったですね。

『The Mirror of Nomori』ウィーン公演集合写真。©池上和樹

——向井さんがクィアの当事者として、真摯に取り組んでいることが伝わったんでしょうね。さて、こうして向井さんのウィーンでの初めてのオペラ公演だった『The Mirror of Nomori』が成功に終わったわけですが、最後に今後の活動の展望についてお聞かせください。

向井:本作でも用いたような、ドキュメンタリーの手法を使った作品作りは続けていきたいと思っています。あと、これまでも自分のアイデンティティを作品に取り入れてきたので、クィアであるということが今後の作品作りでも大きな柱になると思います。今、私たちが生きるこの社会も、クィアを取り巻く環境もどんどん変わっていくので、その中でどのような作品を作って応答できるかまだ分からないけど、このテーマには今後も真摯に取り組んでいきたいし、それが誰かの力になれるなら、作曲家としてこれほど嬉しいことはないです。

——今後、向井さんがどのような作品を作っていくのか、一観客としても楽しみにしています。ありがとうございました。

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