インタビュー

活動支援生インタビュー Vol.63 阿依ダニシ 火星へのロマンを求め、抗い続ける。 日本のため、宇宙を夢見る学生のため。

クマ財団では、プロジェクトベースの助成金「活動支援事業」を通じて多種多様な若手クリエイターへの継続支援・応援に努めています。このインタビューシリーズでは、その活動支援生がどんな想いやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。不透明な時代の中でも、実直に向き合う若きクリエイターの姿を伝えます。

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活動支援生インタビュー、はじめます!


Danishi Ai | 阿依ダニシ

今年夏、米国ユタ州の砂漠で開催された世界的な火星探査ローバーの大会に、日本勢が初出場したとのニュースが飛び込んだ。チームを牽引したのは、大学院生である阿依ダニシだ。彼の情熱と憧れが、40名のチームを組織し、鼓舞し、はるか遠いアメリカの地を踏ませた。2年掛かり、実に7号機となる改良版ローバーとともに。近い未来、宇宙飛行士になりたいと語る阿依は、自らの夢のためだけに動いているのではない。日本を背負い、日本の宇宙業界や宇宙を夢見る学生のために貢献したいと開発外の活動にも骨を砕いている。「僕は現状に対して争い続けてきました」。そう語る阿依は、前途多難かつ予測不能な宇宙という場に臨む心づもりがすでにできているように見える。

インタビュアー、ライター:小泉悠莉亜

世界的な火星探査機大会「日本初出場」という功績と、反省を胸に

——2024年夏、阿依さんが代表を務める<ARES PROJECT>は、火星探査ローバーの国際大会“The University Rover Challenge(以下URC)”にて、日本チーム大会初出場というエポックメイキングな功績を残します。これを手がかりに、読者の方々へ、阿依さんの活動を紹介させてください。まずは本大会の概要を教えていただけますか。

阿依:はい、よろしくお願いいたします。

URCとは、火星探査機ローバーを設計、開発し、その性能を競う学生による世界大会です。毎年 6 月に米国ユタ州の火星実験場で開催され、参加団体の平均数は100 チーム 20 ヵ国以上。書類審査(2回)、ローバーの走行性能をモニタリングするVTR審査による厳正な事前審査を行い、提出内容に捏造が無いよう、実機を決戦の地であるアメリカに持参可能なチームが本戦に進むことができます。今年は102チームがエントリーし、38チームが最終審査の切符を手にしました。

University Rover Challenge 大会結果発表時の様子

——本大会の主催が“The Mars Society”という火星への有人探査と移住を目指す、世界最大のアドボカシー団体である点は特筆すべきことです。1998年に設立された当該団体は、火星探査に対する実践的な技術開発、革新を目指すだけではなく(詳細はリンク参照)、より多くの人々に火星に関する啓蒙活動を行う一環として、本大会も位置付けられていると考えられます。

阿依:当初はアメリカ国内の大学生が互いに技術検証をするイベントだったと聞いていますが、途中から現在のような国際大会に発展したようです。発展途上の大会ではありますが、年々注目度が高まり、現在では国際的かつ最大の火星探査ローバーの大会として注目を集めています。

今年は日産先進技術センター・シリコンバレー(NATC-SV)がオフィシャルスポンサーとして参画し、民間企業からの注目度の高さを強く感じました。審査員もまた宇宙開発の第一線で活躍する方々や大学教授のため、今後の火星探査に貢献しうる可能性への愛のある審査態度が窺えます。

——本大会では、どのようなミッションが課されるのでしょうか

阿依:URCには大きく4つのミッションが用意されています。それぞれロボットアームを用いた模擬宇宙船のメンテナンス作業、サンプルリターン、これを踏まえた生命の痕跡が存在可否の検出実験、SLAM 等の技術を用いた自律走行(遠隔操縦は認めず)で構成され、これらは全て火星探査を実際的に想定したミッションです。これらひとつひとつのミッションをクリアするハードル自体が非常に高く、ここで求められる能力の全てを搭載する機体を完成させるという一点においても、かなりの難易度が求められます

University Rover Challenge 大会初日Science Mission 遂行中の様子

——活用可能資源が限定される宇宙空間を想定し、いかにコンパクトかつ多機能なローバーを作るかという課題でもあるのでしょうか?

阿依:まさにそうです。自走可能なローバーを作るだけならばイージーですが、URCにおいては、全てのミッションを可能にする機体を実装してようやく「スタートラインに立てる」のです。

開発当時、単体のタイヤやステアリングなどのコンポーネントのスペックから上位成績に食い込めると錯覚したものの、いざ実装すると、パーツの総荷重に耐えられず機体が歪んでしまう(走行不能)ということが多々発生しました。部分最適点はとれても、全体最適ではうまくいかない。永遠かと思われるほどの試行錯誤を重ねても尚本番の舞台では想定外のハプニングが続出したことからも、「世界」との差をまざまざと目の当たりにしました。

——具体的にどのようなことが起きたのでしょうか?

阿依:大会のミッションのひとつである「サンプルリターン」では、遠隔操縦のローバーのカメラ越しに大会指定の岩石素材を同定し、ロボットアームで回収することが求められました。結論から言えば、当該ミッションにおける僕たちの採点はゼロ。提示された課題に対して「意味のない」アクションをしたために部分点の加点もありませんでした。

University Rover Challenge ローバーのメンテナンス中の様子

本ミッションにおける僕たちの反省は3点。まずひとつは採取対象である「赤鉄鉱Fe2O3」——火星における火山活動や水の存在を示す岩石のひとつ——を、酸素に乏しい火星上で観測うる岩石の状態を想定し、地球上で見られる姿とは異なる見た目だと特定できるだけの理学(地質)知識や予備知識をもつ学生がいなかったこと。もうひとつは、岩石を視認し、特定できるだけのスペックを有する高画質カメラを搭載できなかったこと。ダメ押しの3点目は、そもそも僕らが想定した改善策でさえ、まるで運営側の求める水準に至っていなかったことです。審査員から預かった、「オートマティックに素材判定(化学組成の判別)を行うロボットを作ってください。たとえば、AI技術を活用してミッションをクリアしたチームがいますよ」というフィードバックには、冒頭でお伝えした通り、世界との壁をまざまざと感じさせられました

 

——<ARES PROJECT>は、URC日本初出場を目的に活動してきたチームですが、いざ夢の舞台に立ったことで、世界中に散らばるライバルたちの底力やハイレベルな大会の実情を思い知らされたと。

阿依:はい。今大会における僕たちの成績は、38チーム中32位(4チーム辞退)。“Science Mission”で最優秀プレゼンテーション賞をいただくことができましたが、結果を真摯に受け止め、「自分たちは全くもって甘かった」と自省を深める機会になりました。

University Rover Challenge 大会2日目 Extreme Delivery Mission後のチームMTGの様子

僕たちの、ではない。「チーム日本」という情熱を背負って、戦っている。

——上位に入賞した他国チームと<ARES PROJECT>のギャップはどこにあったと考えられますか?

阿依:上位チームのローバーについて端的に言えば、「宇宙でも実働できそうな機体」です。ただ宇宙仕様ではないだけで、カスタマイズすればすぐにでも通用しそうな完成度の高さでした。

先に「スタートラインに立てる」という表現を使いましたが、上位チームのローバーは、いかなる状況でも安定かつ故障することなく自走可能する点において、すでに大きなアドバンテージを有します。非常に悔しいことですが、僕たちの機体は、実際の火星にそっくりな火星の環境を模したユタ州の砂漠フィールドにおける炎天下と砂嵐のため電気的なトラブルが発生しましたし、予期せぬ動作やタイヤ周りの部品の破損が何度も発生したことを踏まえますと、この「アドバンテージ」がいかに基礎であるかがわかります。さらに重要なのは、ここで言う「アドバンテージ」とは、これまでの大会に出場してきた先人の蓄積による賜物ということです。

University Rover Challenge  2024 出場チームの集合写真

上位チームには、チームメイキングやマネジメント、開発手法だけではなく、ベースとなる自律走行やミッションを行うためのノウハウがあります。その点だけでも、上位チームは僕たちのかなり前を走っています。

大会のルールは毎年変更されますが、ゼロイチの開発ではなく、先人の知恵を「イチ」とした時に、その上に、今年のチームのテイストに応じた「味付け」をするだけでいいということは、「遊べる」ということでもあります。現に、昨年優勝を果たし、今年もトップ3に入賞したアメリカチームの機体は、まさに「これまでに無い機構を入れて遊んでみようぜ!」というニュアンスを感じさせる面白いローバーでした。

——上位チームは、全く異なるゲームをプレイしているかのようですね。本大会においては、おそらく学生の技術力のみならず、開発に関わる資金調達やパーツの提供など、学生が自力で補う以外の部分——たとえば民間企業との連携などもまた鍵を握るように思われます。

阿依:上位チームのみならず海外勢は、かなり革新的なバックアップを受けています。一例として、海外におけるJAXAのような宇宙開発機構と共同でローバーに採用するタイヤを開発しています。このタイヤは実際の宇宙空間での活用を目的としたもので、開発にかかる材料や加工なども民間企業がフォローしていると聞きます。「箱庭」での火星探査シュミレーションなどと言うレベル感ではなく、現実的な宇宙開発に近いところにいるチームがいくつも存在します。その意味で、いかに民間企業からの協力を得られるか、またそのための努力や広報活動を重ねているかという総合力が試される大会であるとも感じています。

——大きく出れば、出場チームは、自国の火星探査技術の総力を一手に担っているとも言えそうです。

阿依:まさしく。自国企業のスポンシングという観点から言えば当然かもしれませんが、スポンサー企業の顔ぶれを見ると出場国の宇宙に向ける眼差しや関心領域がよくわかります。アメリカチームであれば大手老舗自動車メーカーであるフォード、スイスチームならばスイス発祥のドライブテクノロジー企業マクソンモーターがついています。僕たち日本チームも、たくさんの日本企業と交渉し、支援いただきました。

言い換えれば、「チーム日本」として僕たちは戦っていたわけです。日本を代表する火星探査ローバーとして、大会に出場した。そう言っても絶対に、過言ではないです。

University Rover Challenge  2024 結果発表後のARESチーム集合写真

——月面未踏峰探査向けの自律走行ソフトウェアの開発協力、高トルクと高精度な自作サイクロイド減速機の加工、3D CAD Autodesk Fusionにおける技術指導、機体を運搬するためのハードケースの提供など、<ARES PROJECT>は日本のさまざまな民間企業からのサポートを受けました。支援したチームが国内初の世界大会に出場し一定の成果を収めた事実によって、企業をはじめ日本の宇宙業界全体としても、宇宙開発やプロダクト制作に対する機運が高まりそうですね。

阿依:貢献できたら嬉しいですし、繋がっていってほしいですね。僕たちがニュースになると、スポンシングしてくださる企業の担当者の方々から「君たちを支援して良かったよ」という声をいただきますし、社内ニュースを通じて、社員同士で盛り上がったという話も聞きます。

国内で開催される宇宙関連の展示などで実機を見ていただくことで、より宇宙や火星、支援先である僕たちのことを身近に感じ、熱い応援をいただくこともありますし、僕たち自身も大会の様子などを応援してくれた方々へ写真でこまめに報告することを大事にしていますので、こうしたコミュニケーションが日本の宇宙開発におけるいい流れになるよう願っています。

——一方で、日本国内の宇宙開発の文脈において、火星の存在感は決して大きくありません。なぜなのでしょうか?

阿依:前提として、自国でロケットを打ち上げる能力がある国は一目置かれます。日本も一目置かれる、存在感のあるプレイヤーではありますが、アメリカや中国、ロシア——現在、国の情勢上、難局に立たされていますが——などの「列強」が肩を並べる中ではどうしても二番手、三番手の立ち位置に甘んじざるを得ないのが現状だと感じています。事実として、JAXAをはじめとする宇宙開発機構が新規ミッションを提案する際、「アメリカが先陣を切っているから見送り」と判断されることが多いとも聞きます。

それを加味して、国内宇宙開発における火星の立ち位置に触れますと、「ミッションとして成立していない」という点が、日本を火星開発の後進国にさせる大きな要因だと考えています。今、宇宙開発の大きなトレンドは月です。いかに人を月に送るか、月の表面探査をどれだけ精密に実施できるか、月面基地建築はどうするか。いずれも現実的な目的がフォーカスされます。一度は人が到達したことがあることを考慮しても、現実的で実用的な開発がしやすいのでしょう。

トヨタも、2019年から月面での有人探査活動に必要な有人与圧ローバー(通称ルナクルーザー)を開発しています。いずれにせよ、月に関して言えば、「〇〇という能力をもつ、△△というミッションを具体的に実施できるロボット」という提案が打ち出しやすく、事業化しやすいのです。

ですが僕からすると、月よりも火星の方が、ロマンがあります。宇宙というのは、ロマンに後押しされて向き合っていく対象であればこそ、火星に目を向けていきたい。そのためには、火星探査の要を担うローバー開発に全力を注ぎたいという気持ちになります。

ARES PROJECTが制作した歴代のローバー

——火星にはロマンがある。阿依さんにそう思わせる火星探査の魅力とはなんでしょうか?

阿依:火星には、生物がいた可能性があります。その意味では、月面探査とはレイヤーの異なるチャレンジが求められ、僕にとっては、その未踏領域にロマンをもって取り組もうとすることに好奇心を強くくすぐられます。博士課程における自身の研究では月面関連の研究プロジェクトに関与しているため、こんなことを言うのはなかなか憚られますが……。

——探査において、ローバーの役割は重要です。日本におけるローバー開発の現状についても教えていただけますか?

阿依:先ほど日本の宇宙開発はどうしても後手になりがちだと発言しましたが、まさしくローバーはその煽りを受けています。情勢の難局を示す例として、月面探査ローバーを開発していたほぼ唯一の日本国内ベンチャーである2社の片方はアメリカへ、もう片方はルクセンブルクへと開発拠点を移してしまいました。「はやぶさ」をはじめとするサンプルリターンミッションを宇宙開発のトレンドとする日本では、ローバー開発が「波に乗っていない」と暗示する象徴例です。メジャーではない、見込みがないからと日本では見切りをつけられてしまう現状に対して、僕自身は非常に危機感を抱いています。このままでは、日本の探査機が火星で動く回る未来が叶わない可能性が大いにあるのですから。

若き同志よ、ロマンを捨てずリスクを積極的に背負え
大人たちよ、金より逃げより大事なものがあると知れ

ARES PROJECTによる制作の様子

——莫大なコストがかかる宇宙事業は、団体規模が大きいほど、よりシビアな決断が求められます。そう理解はしても、阿依さんがロマンを抱く「赤い星」へアクセスする可能性自体があらかじめ奪われてしまうのは無念というほかありません。

阿依:ロマンを追い求める宇宙探査はどうしても消えてしまいがちです。この現状に対して、宇宙を夢見る学生があまりにも早い段階から「賢く」なりすぎて、宇宙へのロマンを捨てる必要はないと声を大きくして言いたいです。

もともと人工衛星事業は国策でしたが、今では日本国内でも、学生サークルでも打ち上げが可能になりました。しかも学生が開発した人工衛星が実際にロケットに搭載され、宇宙空間で放出された例もあります。まだまだ打ち上げコストは高値ですが、以前に比べるとどんどん縮小傾向です。

人工衛星やロケットのように、学生が開発した機体が実際的に宇宙と繋がる未来はそう遠いものではないと思います。さらに言えば、僕たち学生が火星探査ローバーをどんどん作ることで、業界全体が盛り上がっていくかもしれません。社会技術者を飛び越えて、学生が作った火星探査ローバーがひと足先に火星の土地を踏むかもしれない……それは案外、夢物語でもないとも思います。

——お聞きした通り、日本の学生による宇宙開発の先端的な成功例がある一方で、URCへの出場が今回日本初出場だったことを引き合いに出すと、日本の学生の宇宙への「関心」や「挑戦心」は今一歩足りていないようにも取れます。これは単なる国内における宇宙開発教育の弱さなのか、あるいは、それ以外に欠けている要素があるのでしょうか?

阿依:近因も遠因も含めて数えきれないほどあると思います。僕の実体験に即して思い浮かんだ順にお話ししますと、まずは宇宙開発に関わらず日本の大学生活は誘惑が多いことが挙げられます。どれだけ夢を抱いて関連学部に入学しても、その先に待ち受ける「楽しい大学生ライフ」みたいなものによって、自らの信念や夢、憧れがいとも簡単に霧散してしまうことについて、読者の皆さんは容易に想像できると思います。

これを第一関門とすると、次なる関門は、宇宙分野を問わず、大学の授業は座学形式が多いことでしょう。ただ講義を受けるだけで、その先に続くものがない。机上の空論、という言葉が浮かびます。それでも踏ん張って、宇宙関連サークルに加入する人もいますが、「サークル」という独自組織の中ではさまざまな制約のため、実践的な開発を行う以前の段階で二の足を踏むことがあります——少なくとも僕が加入していたサークルではそうでした。俗っぽいと思われるかもしれませんが、たとえば、参加学生のモチベーションのばらつき、サークルの責任(リスク)を担う教授がなかなか見つからないこと、先輩からの引き継ぎはどのように行うのか、などはその一端です。いざ開発を行うにしても、元手となる資本が潤沢でないこともあり、その補填をしようにも自前の財布から出すということは、大学及びサークルの「ルール(校則)」で許されませんでした。

当時、思わず憤ったのを今でも覚えています。「資本の限界が開発の限界なんて、そんな馬鹿なことあるか!」と。

——おっしゃる通り、開発以前の問題ですね。

阿依:はい。国内には、わずかに宇宙関連の技術大会がありますが、いずれも学生への普及教育を目的としたものです。活動自体には大きな意義がありますが、これらの大会に参加したことで、宇宙へのアクセスが容易になるなどということはありません。あくまでも学生規模の、技術普及を目的にするため、しょうがないと言えばしょうがないのですが。

また、はっきりと申し伝えたいのは、大学などの教育機関の中には、学生の支援を決して心から応援していない組織が大いにあるということです。僕が所属する東北大学や、出身校の筑波大などは比較的理解がありますが、リスクや沽券を気にしてか、挑戦しようとする学生に対してむしろ非常に冷ややかな姿勢をとる教育団体はいくつもあります。僕自身、冷飯を食わされたことは数えきれません(ローバーの試走のために、大学の一角の使用許可をもらうために何度も交渉し、願い下げられ、どうにか小さな一角のみでの走行を認めてもらうなんて事例は序の口です)。

表向きには、留学支援だなんだと言いますが、実態としては保守そのものです。どれだけ新しいことに取り組もうが単位が足りなければ、「変なこと」をすれば、即退学という厳しい処分もあります。気にするのは「責任の所在はどこにあるのか?」ばかり。これではどれだけ情熱ややる気にあふれるチャレンジ精神旺盛な学生でも萎縮して、押し込まれ、丸くならざるを得ません。良き「同志」の憧れや夢、マインドを全て削り去ってゆきます。

ARES PROJECTによる制作の様子

——こうした後ろ向きな現状を打破したい、との思いも抱えて<ARES PROJECT>や阿依さんは活動されてきました。およそ3年にわたる活動を経た今、宇宙開発への思いを下火にする学生に対して思うこと、伝えておきたいことはありますか?

阿依:実際に、僕は現状に対して争い続けてきました。ずっと、ずっと。それでも学部生時代は「大きなもの」にいろんなチャンスや思いを潰されてしまったような気がします。もっと色々できたはずだと当時を振り返って今でも思います。だからこそ流される側の気持ちがわからないでもないです。保守に流れるのは簡単ですが、「何を躊躇っているんだ」と言いたいです。

宇宙開発はチームの総力戦です。「不安なこともリスクも全部言って頂戴」。<ARES PROJECT>のプロジェクトマネージャーとして、代表としても、口を酸っぱくしてそう言っています。志が同じチームでも、要所では保守に流れることもよくあります。その度に、バランサーとして「挑戦する」方向へと、みんなの気持ちを持っていく……そうした揺れ戻しの中でも宇宙に対する気持ちを気丈に持ち続ける限りは、今回の大会のように、一見困難にも思われるチャレンジにも到達できるのではないかと思います。「失敗を過剰に恐れるな」ということです。莫大な予算がかかっているから失敗はできない——そんなことは僕にとってどうでもいいんです。それよりも挑戦して、もとより良いローバーになる可能性があるならそれでオッケー。苦しい開発の中でも、恐れることなく、周りの人たちとの信頼関係を結んで、先へと進んで行かなければ発展はありませんから。

——ではこれから宇宙開発に飛び込もうとするチームが、モチベーションを高く持ち続けるために必要なものとはなんでしょうか?

阿依:自分たちの「今」と宇宙開発に実際に携わる可能性を提示してくれる「未来」を繋ぐ、刺激的な大会の存在だと思います——もちろん、教育機関などのサポートも大いに重要ですが。

少なくとも僕たちにとってURCはそんな大会でした。大会のレベルも高く、次元違いの世界中のライバルに出会い、彼ら彼女らに感化される機会。大会に参加した事実、そしてそこに辿り着くまでの苦しい努力と苦しみの積み重ねが、自分たちをより高みへと連れて行ってくれるような感覚がありました。

そう感じられるのは、やはりURCという大会が「実際の宇宙と繋がっている」とまざまざと感じさせてもらえる場所だからだと思います。実は今、日本でもURCのような本格的な火星探査ローバーの大会の開催が計画されています。鳥取砂丘での月面実証フィールド「ルナテラス」を舞台にした大会で、記念すべき1回目となる今年の大会には僕たちも出場予定です。世界大会に出ている僕たちが出場すること、他チームも意欲を高めてもらえるのではないかと、期待をしているところです。

—— 背中で語ると言いますか。

阿依:そうですね。「世界を見てきたチームかっこいい!」でもなんでも良いです。そうやって感化される人が増え、いずれは日本大会を勝ち抜いたチームがURCでもどんどん活躍する未来を目指したいですね。<ARES PROJECT>としてはライバルが増えますが、そもそも「挑戦したい」という学生が、それぞれのやり方で大成していったら、日本の宇宙業界の底上げにも自ずと貢献する気がします。繰り返しになりますが、身近な学生が世界大会に出場していて、しかも同じ日本大会で肩を並べていると知れば、絶対に憧れって生まれると思います。「自分たちも世界に行きたい、より高みを目指したい」と。

だから僕たちも今回の出場で満足せずに、世界大会に出場し、記録を更新し続けることが非常に大事だと考えています。日本チームは盤石で毎年出場権を獲得しているということが、学生だけではなく、日本の宇宙事業全体のモチベーションアップにつながるでしょうから。

ARES PROJECTによる新機体「ARES 7」

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