インタビュー
【9期生対談vol.13】「表現者本人と、表現者を取り巻く理想の環境」を考える 対談:梅本佑利(作曲家) + 真田将太朗(画家)

クマ財団9期生による、クロストークを行う本企画。第13回は「表現者本人と、表現者を取り巻く理想の環境とは?」をベーステーマに掲げ、梅本佑利(作曲家) + 真田将太朗(画家)の2名が互いの持ち寄った質問に答える形で意見を交わします。
聞き手:クマ財団事務局
執筆:小泉悠莉亜
クリエイター写真撮影:コムラマイ
9期生対談シリーズ一覧はこちら|https://kuma-foundation.org/news/13491/
———今回は「表現者本人と、表現者を取り巻く理想の環境とは?」を起点に対話をしていただきたい2名のアーティストに集まっていただきました。まずは読者のみなさまに、自身の活動を含めた自己紹介をお願いいたします。
真田:真田将太朗です。油彩・アクリルを中心に大型作品を制作するほか、壁画やライブペイントも行っています。大学入学以降に、写実的な表現から抽象的な表現に転じましたが、メインテーマは「風景」で一貫していて、自分が実際に見たり訪れたりして「描きたい」と感じた風景から印象的な色の組み合わせを取り出し、画面全体を垂直方向のストロークで埋める作風が特徴です。

統一された筆致によって、風景に流れる時間やその“厚み”、風景を見つめる真田さん自身の身体がその場に固定されたかのような重力感を表現する作品を描く。近年はGINZA SIXや愛知トリエンナーレでのインスタレーション制作、音楽とのコラボやBLUE NOTEでのライブペイントなどジャンルレスな活動を展開する。
梅本:梅本佑利、2002年生まれの作曲家です。クラシックの楽譜を用いながら、声の録音を素材にコンピューターで編集し、曲を組み立てるスタイルが中心です。近年は声優とともに即興的に歌を録り、その音をもとに楽譜を起こすなどより直感的な制作へ移行しました。
———ここからはおふたりに持ち寄っていただいた質問を軸に展開します。まずは「アーティストがインフルエンス活動をすることについての考えを教えてください(梅本さん)」です。
梅本:真田さんの作品に対して十全の理解がない上で、失礼を承知の質問ですが……アート制作の傍ら、Youtuber(※1)・SNS上での活動、そしてメディア露出もしっかりされることを踏まえて「なぜそれをするのか?」が知りたくて。真田さん自身のキャリアからすると、今、かなり重要な局面にいるように感じます。僕自身は承認欲求が相当高いものの、真田さんのような立ち回りは到底できません。ですから、真田さんのそうした活動にまつわる美学があればそれも聞いてみたいです。
※1「芸術をもっと身近に」をコンセプトに、東京藝術大学出身のメンバーで結成されたアート系クリエイター集団『アートゥーン!』の一員として活動
真田:美学ですか。
梅本:人それぞれ別の世界を生きているので、それぞれの哲学と思想があるように思うんです。「アーティストとはこういうものだ」のような。
真田:なんでしょう……メディア露出を「かっこいい」と思っているかと訊ねられたら、正直全然そんなことはありません。自分の写真をアップでSNSに投稿するのも、ファッションブランドとの仕事や雑誌のインタビューだと必然的にそういう写真が増えるので。
梅本:例えば、その類の仕事を断る選択もあると思うのですが。
真田:それはそうですね。ただ……すこし脇道に話がそれますが、曲がりなりにも5〜6年美術業界に身を置いていると、この業界の「面白く無さ」と「狭さ」、ブラックボックス化されているがゆえの「よくわからなさ」みたいなものを感じるわけです。表現が難しいんですが、これらは上の世代から感じていたもので。
梅本:「面白く無さ」というのは?
真田:象徴的なのは、例えば画壇でしょうか。「〇〇画壇に入っているから△△の美術館で展示ができる」とか。あるいはどの先生に師事しただとか、どの先生に評価をもらったという理由で、当人の評価が確固たるものになる場合もあります。僕は美術界のサラブレッドじゃありませんし、家族も先祖も親戚も芸術家を輩出しなかった家系に生まれた、美術界の外側にいた人間だからこそ美術業界の「エリート思想」———明治時代以降から現在に至るまでの美術的エリート的思想———のようなものに全く共感ができないんです。それに対するように、40代以下の世代では「真の美術はこうあるべき!」というカウンタームーブメントも起きていますが、それにもいまいち共感ができません。
梅本:ムーブメント? 具体的にどういう?
真田:俺らの世代には多分いませんが、特に藝大なんかにありがちなものです。表現が難しいのですが「藝大関係者に(だけ・こそ)刺さる作品を作ろう!」みたいな風潮です。
梅本:「現代美術っぽいやつ」ですね。MOMAはじめ欧米の美術館で展示されるようなテイストでもなく、アートオークションで落札されるような現代美術でもないようなもの。
真田:そうですね。まあ、MOMAはまだわかりやすい作品を扱いますが……完全にポップに振り切るわけでもなく、世界観を重視しすぎるコンセプトメイクを頑張りすぎて「俺たちだけが理解してればいい」みたいな感じの作品です。……なんかすごい悪口ばっかり言ってますね(笑)。
梅本:まあ、なんかちょっとスノッブっぽいみたいなのがありますよね。現代音楽にもあります。
真田:そもそも前提として業界の狭さにすごい危機感……いや、危機感じゃないですね。なんだかつまらないなと。冒頭の質問に戻ると、Youtubeで子ども受けしやすいようなポップなコンテンツを出すのは「そういうものがある」と知っている人の母数をとにかく増やすことが目的です。その上で、俺の周りにいる人たちがきっかけで、ゆくゆくは美術の世界に興味や認知を深めてもらえたらいいなと。最終的にチャンネルを運営する俺とか、関係者のことを「美術的に嫌い」になってもいいから、いずれにせよ美術に触れる最初のきっかけをつくりたい、というのが質問の答え———Youtube活動をする正当性というか、理由ですね。
———ありがとうございます。ひと段落ついたところで、次の質問です。「現代日本のポップスやロックなどの音楽業界の現状に関しての考えを教えてください(真田さん)」。いかがでしょうか。
真田:そもそも美術って、完全に音楽に負けていると思っているんですよね。どっちがいいなどの土俵上の話ではないですが。たとえば渋谷を歩いている若者に「好きなアーティスト誰ですか?」と訊ねたら、答えは100%音楽関係者ですよ。油絵の画家を挙げる人はまずいないと思います。
梅本:ラッセンとかはあるかもしれませんね。
真田:まあ、それは……もしかしたら。で、梅本さんが言う「今の俺の世間への出方」をもし仮に正当化するならば、俺たちよりも下の世代にとって、もうちょっと生きやすい世の中にするために、美術シーンが広く知られることを大上段に置いているんです。「分かる人だけに分かればいい」をモットーとする現状はあんまり好ましくないし、もともと美術業界の外側にいた俺みたいな人間も美術にのめり込むきっかけだったり、面白いと思うエッセンスを見つけてもらう場になったりすればと思っているわけです。
梅本:なるほど、わかりました。反論できるところがあるとすれば、活動の産物として、「下の世代が生きやすくなる」かどうかはわからないですね。なぜかと言うと、ある意味でポピュリズムに近いというか、「こういうのがアーティストである」っていう枠組みを与えているだけじゃないかと思うんですよ。一方で現代美術の実態ってものすごい色んなスタイルがあるじゃないですか? なかには社会不適合者みたいな人もいるわけですし、表現ひとつとってもアートかどうか判別不能なものもあるわけです。「絵なの? 作品なの?」みたいな。現代アートも音楽も、ポストモダン以降の作品は「なにをもってすればアートなの?」かが定義できないんですよ。アーサー・ダントーっていう美術評論家・哲学者が言うには、「芸術における芸術の条件はアートワールドである」と。物質や作家性、振る舞いは、「アートであること」になんら関係を及ぼさず、「ただその世界(=芸術業界)にいることが条件」だと結論している。「世界」に片足をつっこんでいさえすれば、何をやってもアートになってしまうんだと言っているわけですね。この前提に立つと、バブル期にはびこった「ラッセン=アート」の風評被害はひどいもんじゃないですか。破壊された「アートの条件」を一般の人は知るはずがありません。その現実が、スノッブには理解できないアートの面白さでもあるわけですが。ラッセンは日本における究極のポピュリストで、外国ではまず認知されていない作家です。
真田:そうですね。
梅本:いわばアイドルみたいなものなんですよ、ラッセンって。どうしてラッセンを引き合いに出したかと言えば、現代アートを知ってもらうために始めた真田さんたちの活動の先に、この「ラッセン現象」と言うか、大衆の視野が狭くなり得る可能性があるんじゃないかと。これって僕としては嬉しくはない。アイドルみたいな人が「これが現代音楽です」と自称して、それが大衆に認知されて、現代音楽家全員がそうだと勘違いされることになる。今もし現代音楽の畑でラッセン的な人物が彗星の如く現れたら、僕は苦虫を噛み潰したような気持ちに間違いなくなるでしょうね。というように、大衆が誤った認知を獲得した先の未来に、現代を生きるアーティストにとって、真の意味で善良な世界は残されるんだろうか? と僕は甚だ疑問なわけです。インスタグラムで支持を得てインフルエンサー的な活動をするかたわら、ステレオタイプな抽象絵画を制作し、企業案件もこなすJack Coulter(インフルエンサー・抽象画家)のような作家も、まさにそうした「現代美術家」像です。
真田:そうですね。「これが現代アーティストだ」とか、「自分が提示する作品が現代美術そのものを表象している」みたいな考え方こそ世界の認識を狭める行為ですから、そんなことは僕たちもあんまりしたくはありませんが。
梅本:でも分かりやすさが求められるじゃないですか。例えばYoutubeならば、簡潔にステレオタイプを表現することで分かりやすさが生まれて再生されやすくなりますし。インプレッション、要するに消費社会的な世界で優先されるものじゃないですか? 本当に分かりやすいもの、要は、世間一般の「コモンセンス」に乗っかった表現から逃れられなくなるというか。実際の現代アートシーンは、消費的な世界とは切り離されているはずなのに。
真田:うーん。それこそ投げかけた質問に戻りますが、「現代日本のポップスとかロックの音楽状況」に関して、梅本さんはどういうふうに思っているんですか? それらが目指すべき世界と今言及されていたこととの相違を逆に聞いてみたいです。
梅本:正直僕はその時代に合わせた最新の音楽は常に創造されていると思っています。それを誰かが広めなくても、新しい音楽は勝手に広まっていくものだと信じていますし。現代美術はそうじゃないんでしょうか。
真田:どうでしょう。自分の状況しか語れませんが、僕が手がける抽象絵画の領域は日本ではもう全然売れません。売れませんし、やりたいことをやっているだけでは全然仕事になりません。僕にとっては仕事こそが「僕にとってのアートとは?」という質問の答えなんです。自分で生活用品を買って飯を食うために金を稼いでいるっていう、生活を支えるもの。その意味で「アートは仕事ではない」という認識でいるのは危うい気がします。消費活動との兼ね合いも含めて。仕事としてのアートを最大化するためにどうするか、を考えて動いている。
梅本:僕も2年ぐらい前に「ビジネスとしてのアート」を最大化していたんですよ。けれどもだんだん辛くなりましたね本当に。僕には合わない、もうきついですよ。やっぱ極端に大衆的な仕事をやらされると、どうしても「やっぱ柄じゃないな、相手に求められているものを演じてるだけだな」と思ってしまうわけです。自分の本心を話しても、記事上では撤回されていることもよくありますし。そういうのの一切合切が心底嫌だなと思っていますよ。
真田:まあ、向き不向きはありますよね。
梅本:日本企業の仕事には特にその傾向が強いですね。ただ、もちろん本当に解像度が高い人もいます。でも少ないです。解像度が低い分、相手が求めるステレオタイプを演じさせられる役回りになることが僕の場合多くて。……本当にそういうの嫌になっちゃいました。ピエロみたいだなって。日本での出逢いに恵まれなかっただけなのかはわかりませんが、一方、ヨーロッパの人たちと仕事していると気持ちいいんですよ。アートに紐づく文化的な土台があるからか、いずれにせよ社会的な条件の相違でしかないし、もちろん人種の差ではないんですが。
真田:それはあるかもしれませんね。
梅本:だから僕はもう日本から脱出するほかないと思いましたね。「彼ら」を変える、みたいなことに意味はないし、その気力はもとよりありません。僕は、特定のコミュニティ・社会的なコミュニティに属する人々のアートに対する敷居を下げるとか共感を得るとか、意識変革に対する興味はあんまりないし、意味もないと結論してしまった。むしろ僕の方こそ傲慢だったなと思ってしまった。彼らには彼らの世界観があって、そういう出自で価値観の世界観で生きている。それをヨーロッパかぶれの僕が「ヨーロッパではあーだこうだ」と言っても何の意味もないですから。だったらもう最初から共感してくれる環境を選んで、それぞれの世界が共存してればいい。政治に対しても同様です。
真田:今の話は、梅本さんにおおむね共感です。ただ正直、20代前半の人間が、凝り固まった年長者の思想を変えなくてはならないと大見得を切るとか、日本はもうオワコンだから脱出するだのの判断は早いのかなって思いますね。僕も先月、ヨーロッパに滞在しましたが、かの土地と歴史が担保する表現の説得力という意味では今、日本が美術やらアートって呼んでいるものは到底叶いませんよ。そうは言っても……三島由紀夫的な発言ですが、絶対に僕は日本人なんですよね。両親も日本人ですし、姿形も日本人で、僕が日本人であるということは生涯自明の事実なわけです。実際、日本好きですしね。欧州圏では「アジア人がやってきて油絵的なことをやっているようだ」みたいな評価が拭えないとしても、僕にとっての最適解は日本脱出じゃないと思うわけです。いずれ僕も海外で活動する意思はもっていますし、本物をよく知っていらっしゃる国に身を置いてどうなるかが楽しみではあります。ただ、繰り返しではありますが、僕は日本人なんですよね。日本から軸足を動かさない日本人の僕にとって、生きやすい日本であれば良いなとは思っています。
梅本:なるほど。
真田:その意味では、梅本さんが例に挙げた「凝り固まった企業のおじさんたち」を変えようみたいな考えは毛頭ありませんし、変えられないと言う点で同意ですが、自分たちが「そういうおじさんの世代になった時にどうなっているか」を考えはじめる必要はありそうです。これしきのキャリアごときで何を言うんだというところですが。
梅本:正直に言うと、パトロンの方でもアートがまるでわからない方って全然いますよ。僕が経験した出来事を思い返せば、大企業の社長が高級料理店でレベルの低いアートのうんちくを部下たちや私に披露したり、「君はもっとこんなものをつくればいいのに」と言われたり、それは僕にとってとてもくるしい時間でした。僕がいままでお世話になってきたヨーロッパの貴族的な人たち、お金を出してくれる人たちはまるで反対の態度で、アーティストに余計なことは喋らないように心がけている、それが美しいと考えていると思います。好きなようにやらせてくれればもう何でもいいんですよ。共感は不要ですし、むしろ共感を示さないことが、アーティストに対する「正しい共感」です。真の意味で。究極的には、それが理想のパトロンの姿です。
真田:言いますねえ。
梅本:これから若いアーティストに関わりたいと思う大人たちにできることがあるとすれば、そこだと思います。アートに対しての造詣を深めることではない。アートの勉強というよりは、アートにおけるコミュニケーションの勉強。アーティストがどういう存在なのか、どういう風に生きているのかっていうのを知ることが必要だと思います。
真田:この記事を読んだ方がどう思われるかわかりませんが、バタフライエフェクト的ななにかがあれば面白いなと思います。

———それぞれの議論はまだ続きそうですが、今回はここまでとさせてください。みなさんありがとうございました。
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クリエイター9期生が参加する大型成果発表展「KUMA EXHIBITION 2026」 が、2026年3月28日(土)・29日(日)に開催決定!東京の青山・スパイラルにて、アート、テクノロジー、音楽、建築など多様なジャンルの若手クリエイターが集う本展。新進気鋭のクリエイターたちによる作品が一堂に会する、刺激的な2日間をお届けします。