インタビュー

【9期生対談vol.10】「知覚の拡張」を考える 対談: 江田俊介(映像表現) + 黒澤匠(ペインター)

クマ財団9期生による、クロストークを行う本企画。第9回は「知覚の拡張」をベーステーマに掲げ、江田俊介(映像表現) + 黒澤匠(ペインター)の2名が互いの持ち寄った質問に答える形で意見を交わします。

聞き手:クマ財団事務局
執筆:小泉悠莉亜
クリエイター写真撮影:コムラマイ

9期生対談シリーズ一覧はこちら|https://kuma-foundation.org/news/13491/


 

———今回は「知覚の拡張」を起点に対話をしていただきたい2名のアーティストに集まっていただきました。まずは読者のみなさまに、自身の活動を含めた自己紹介をお願いいたします。

江田:江田俊介です。慶應義塾大学大学院政策メディア研究科在学中で、建築と映像をバックグラウンドに、全方位映像に世界地図図法を用いて新たな視覚表現を探求しています。空間全体を平面のフレームに映し出し、空間と時間を横断する視覚体験を試みるなかで「人間の知覚を超えた新たな視覚体験を開拓」をテーマにしています。

「Harmony of Scapes」(2025年)
札幌の自然と都市が織りなすつながりを描いた映像作品。アイヌの人々が藻岩山(インカルシペ)から自然の変化を見守ってきたことを手がかりに、川や森、都市が連続する札幌の風景を一望する表現を試みた。全方位映像にオーサグラフ図法を応用することで、視野全体を一つのフレームに収め、日常の風景を拡張された視覚体験として再構成。映像がタイル状につながり、都市と自然がシームレスに結びつく空間体験を生み出す。本作は第3回札幌駅前通アワードにて「いちご賞」を受賞。「THE VILLAGE SAPPORO」地下1階に設置される幅6m×高さ3mのサイネージ(音声あり)にて、2026年4月末頃から放映予定。音楽は9期生の佐野 風史が担当。

黒澤:黒澤匠です。東京藝術大学の油画専攻に在籍しておりますが、絵画以外にも映像、インスタレーションなど複数のメディウムを用いて、自然の改変や認識の限界など、現代の環境と知覚を巡る問題に関心を寄せて制作活動をしています。また「超現実を記述する言語の開発」として自身の制作を捉えていて、作品を通じ、日常的な認識が転覆することをきっかけとして立ち上がる、新たな世界の見方を探究中です。

黒澤匠《チェスをする二人の男 / Two Men Playing Chess》2021
1912年にイギリスで行われた伝説的なチェスの試合を描いた歴史画。チェスの動き(インプット)に応じたランダムな詞がアウトプットされるコマンドを設定し、インスピレーション元であるチェスの試合のコマの動きをインプットすることで、「伝説の試合の構造」を無作為に選ばれた単語からなる文章によって換言した。

———ここからはおふたりに持ち寄っていただいた質問を軸に展開します。まずは「建築的な要素はご自身の制作にどのような影響を及ぼしていますか?(黒澤さん)」です。

黒澤:江田さんは世界地図図法を用いた新たな映像表現を探求されていますが、バックグラウンドとして建築領域を学んでいたことは存じ上げませんでした。ただ作品を拝見する際に「建築的なもの」に向かう作家の意識を勝手ながらに感じていたのもまた事実です。投影、あるいはシステム的なことも併せて思考されているようにも思いましたが、ご自身では建築領域の学びが制作にもたらす影響をどのように見られていますか。

江田:そうですね。映像制作に取り組む前に、建築を学んで良かったと思っています。ある土地になにかを建てるということは、その場所が持つ歴史的背景や建築における文脈といったマクロな視点と、実際に利用する人々の空間体験や細かい部材の収まりといったミクロな視点の両方を成立させる行為——英語でいうpractice——であり、抽象と具体を行き来しながら形にすることを実践的に学びました。映像を作る際も、そのようなことを意識して制作しています。
話を少し遡ると、大学で建築を学ぶ前から、なんとなく建築と映像には近しいものがあると感じていました。そのため、はじめから「建築と映像を融合」したいという思いが漠然とありました。学部では建築のカリキュラムが充実していたこともあり、大学での学びの中心は建築に置きつつ、学外ではドキュメンタリー映像の制作にも取り組んでいました。
修士課程に進学するタイミングで、オーサグラフ世界地図図法を全方位映像に応用する映像手法「オーサグラフビジョン(以下AGV)」のアイディアを着想し、制作に乗り出しました。全方位映像は視野全体を収めるため、撮影時には空間全体を把握する力が求められますし、逆にこの手法を用いた空間設計や舞台設計も可能になります。そうした意味で、現在の取り組みは「建築と映像を融合」した行為だと思っています。

黒澤:なるほど。江田さんの作品、たとえば『The Awakening』を引き合いに出すと、AGVを用いた映像作品を制作する際、その面白さを純粋にそのまま他者に伝達しようとしているのか、あるいは観客への見せ方で工夫していることなどはあるのでしょうか。

江田:なかなか難しいところです。AGVの見え方は、私たちが見慣れてきた世界の見え方とは異なるため、初めて目にする方にとっては、視覚的に何が起きているのか分かりにくく感じることもあると思います。それでも、視野全体がフレームに収まっているからといって、複数の被写体を映し込むのではなく、被写体に焦点があたるような構図を大切にしています。これまでの絵画や映像表現のように、被写体を中央に配置したり、三分割法を用いるということを撮影段階や編集段階で検討します。
同様に構図のシーケンスも重要です。昨年の大阪・関西万博で上映した映像作品「The Awakening」は冒頭に「上は空、下は海」という分かりやすい構図にし、その次に海と海がつながり、海の塊として立ち現れていく流れにしました。またはじまりの焦点を決め、全体像が変容していきながら理解しやすいように視線も移動する設計も意識しています。

江田俊介《The Awakening》2025 音楽は9期生の佐野 風史が担当。

———関連する質問をいただいていたのでここで挟みます。「デジタルではなくアナログのメディアを用いる———身体性に重きを置き続ける理由はなんですか(江田さん)」。いかがでしょうか。

江田:コラージュ手法を用いた絵画「幾千年」を拝見して浮かんだ質問です。現在ではPCで異なる画像をコラージュし、それをそのまま印刷することもできてしまいますが、それでもなお黒澤さんが自分の手で「絵を描き続ける」モチベーションが気になりました。

黒澤匠《幾千年》2025

黒澤:異なる場面から切り取られた瞬間的なイメージを画面の上で組み合わせる表現は、映像作品「雨傘 / Umbrella」として始まりました。異なるスピードがキャンバス上で並置される時の、うまく言語化できない時間的な感覚を、絵画に実装するとどうなるか?の実験でした。
こうした挑戦的な実験を踏まえつつ、アナログなマテリアル操作による微妙な差異やレイヤーの繋げ方からなる、絵画特有の表情が生まれることへの興味が尽きないんです。それが絵を描き続けるモチベーションかもしれません。異なるイメージを組み合わせる絵画には、4辺を囲うウィンドウを描いた表現もあるのですが、このような変則的な表現はより映像的な絵画に隣接するメディアの視覚言語のインスピレーションからきているように思います。そうした異なる要素を受け止められる自由なメディアが絵画で、そういう側面に可能性を感じるからでしょうか。

映像作品「雨傘 / Umbrella」

江田:だとすると絵画という媒体だからこそ体現できることについてはどう考えられますか?

黒澤:非常に基本的な話ですが、まず空間を占有できることかと思います。ただし建築の一要素———装飾を担う家具とまで還元してしまうとあまりに冷淡すぎる感じもしますが、いずれにせよ、人の生活する空間に絵の具を伴う身体的な媒体として飛び込んでいくポテンシャルがあります。またオブジェクトとして時間経過を伴う動きをしないので、全体を眺めたあとに細部を見ていく———鑑賞者の視点が主体的に動くような特異性を持った芸術の形式だと考えています。

江田:ありがとうございます。面白い視点です!

黒澤:よかったです。江田さんが先の質問のやりとりで、「初めて目にする方にとっては、視覚的に何が起きているのか分かりにくい」と言及されていましたが、僕は逆にその点が面白いなと思いました。いわゆる「人間的な見え方」の写真と比べると、通常の人間性から離れた感じと言いますか、人間の居住が許されない、外部環境も全く異なる———たとえば火星で撮った写真でもないのに、日常的なセッティングにも関わらず、見え方が全く理解できないという日常性からの逸脱感がとても面白く感じます。

江田:そう言っていただけて嬉しいです。単なる斬新な視覚的なエフェクトではなく、新たな世界の見え方を探求したいという思いでやっています。映画が発明された初期にリュミエール兄弟の「ラ・シオタ駅に到着する列車」という、電車が画面に向かってくる作品があるのですが、当時の人々はは動く絵を観たことがないため、向かってくる電車がそのまま飛び出るのではないか、と思って一斉に後ろに走ったという逸話があります。でも現代人である我々はスマホで同じ映像を見ても、電車が向かてきて、画面から切れた、としか思いませんよね。このように、何かの発明によって、世界の見え方や感じ方が変わるということがあると思っています。

黒澤:私も「認識と技術、身体の関係性」みたいなことをよく考えます。動物としての私たちの認識は、身体に縛られているじゃないですか。例えば私が今見ているパソコンのスクリーン(※インタビューは各自のPCを通じて、zoomミーティングにて実施)以外、私はほぼ意識できません。パソコンから少し外れたマグカップぐらいまでは見えますが、その視界の外は全く見えないし、もっと言えば、30秒前に自分がどんな姿勢で喋っていたかもほぼ思い出せないんですよね。こうした身体が自然に規定する認識の前提は、技術によって変化してきたと思いますし、これからも変化すると思います。私は芸術を「見る」という体験を通じ、その限界を直感的なレベルで克服することができるのか、という点に関心を持ってます。

江田:お互い今後どのように世界を認知する方向へ進むのか楽しみですね。

———区切りの良いところで今日の対談はおしまいにします。おふたりともありがとうございました。

 


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