インタビュー
活動支援生インタビュー Vol.78 関野 佳介 「もろくてやわらかく、何気ない灯火を瞬間的に焼き付ける営為のために」
クマ財団では、プロジェクトベースの助成金「活動支援事業」を通じて多種多様な若手クリエイターへの継続支援・応援に努めています。このインタビューシリーズでは、その活動支援生がどんな想いやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。不透明な時代の中でも、実直に向き合う若きクリエイターの姿を伝えます。
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活動支援生インタビュー、はじめます!
Keisuke Sekino|関野 佳介

外国語学部に在籍した大学時代、偶発的な出会いから映像制作をはじめた関野佳介は、友人との自主制作を経て映画へのめり込んでいく。作家性の表出よりも、撮ることで関わる人たちとどう過ごすかを問い続ける関野の制作スタンスは、ロマン主義の詩人ワーズワースの一篇と、コロナ禍のイタリアで試みた映像日記によって輪郭を結んだ。撮られた瞬間に過去へと転じる映像を編み直し、「あったかもしれない世界」を想像すること———それが関野にとっての映画であり、変化と喪失への恐怖を抱えながら現在を生きるための、日常的行為なのだ。
取材・執筆:小泉悠莉亜
映画という場の交わり
———関野さんは、大学では外国語学部(イスパニア学科)に在籍しヨーロッパにまつわる文化や言語を学んだそうですが、その過程での映画との関わりについて教えていただけますか。
関野:大学時代、いくつかの授業で映像を制作する課題を与えられたり、映画監督でもある教授が在籍学部にいたりと映像表現に触れる自然なきっかけはあちこちにありました。スマートフォン以外のカメラに初めて触ったのは大学2年生、20歳の頃ですが、その後授業外でもなにとなしに友人を集めて映画制作もどきをしたことで「誰かと何かをつくる」を初めてちゃんと経験したんです。ものをつくる大変さもあったとは思うんですが、それ以上にすごく面白くて。そこから映画をつくりはじめました。

映像日記 「Yesterdays」2021年5月20日 © Keisuke Sekino
———欧米文学を学ぶ大学の講義では、関野さんのその後の映画作りの原点にもなる作品に出会ったとお聞きしました。
関野:ロマン主義文学の講義で出会った、ワーズワースというイギリスの詩人の作品です。彼の五連詩“Among All Lovely Things My Love Had Been”にとても感銘を受けました。次のような詩です。
I
Among all lovely things my Love had been;
Had noted well the stars, all flowers that grew
About her home; but she had never seen
A glow-worm, never one, and this I knew.
(美しいものをよく知っている人だった。星も、家のまわりに咲く花も、すべて。けれど彼女はグロウワームを、あの光る虫のことは、一度も見たことがなかった。ただ知っているだけだった)
II
While riding near her home one stormy night
A single glow-worm did I chance to espy;
I gave a fervent welcome to the sight,
And from my horse I leapt; great joy had I.
(嵐の夜、彼女の家の近くを馬で通りかかった時、私は一匹のグロウワームを見つけた。思わず声をあげたくなるほど嬉しくて、馬から飛び降りた)
III
Upon a leaf the glow-worm did I lay,
To bear it with me through the stormy night:
And, as before, it shone without dismay;
Albeit putting forth a fainter light.
(葉の上にそっと乗せて、嵐の中をともに運んだ。虫は臆することなく光り続けた。ほんの少し光を弱めながらも)
IV
When to the dwelling of my Love I came,
I went into the orchard quietly;
And left the glow-worm, blessing it by name,
Laid safely by itself, beneath a tree.
(彼女の家に着くと、私は果樹園へそっと忍び込んだ。グロウワームに小さく祈りを捧げて、木の根元に、そっと置いた)
V
The whole next day, I hoped, and hoped with fear;
At night the glow-worm shone beneath the tree;
I led my Lucy to the spot, ‘Look here,’
Oh! joy it was for her, and joy for me!
(翌日一日中、不安を抱えながら願い続けた。夜になると、グロウワームはまだ木の下で光っていた。ルーシーをその場所へ連れていき、私は「ほら、見て」と言った。彼女の喜びは、私の喜びそのものだった)
関野:この詩で詠われた情感———こんなにも素敵なことが起きている、あるいは大事な気持ちが発露している。だからそれが誰かに届いて欲しい。ちゃんと届くのかめちゃくちゃ不安だけれども、願わくばどうか見て欲しい———といったような気持ちが、僕が映画を作る理由であり、まさに僕の原点だなと思います。

映像日記 「Everydays」2022年9月28日 © Keisuke Sekino
———それはすなわち自分の表現欲求から映画を作るのではないということでしょうか。
関野:そうですね。表現欲求はありますが、それを前面に出した創作よりも、自分が生活するなかで関わる人たちや、撮ることで関わる人たちとどう過ごせるのか? により大きなウェイトを置いています。もちろん作品としてのクオリティーも担保しながらの話ではありますが、それと同じくらい関係者が「この作品に関わることは大切な時間だった」と感じてもらえることを大事にしたい。そうした情感は自然に作品に「のる」ように思うんです。
喪失すること、変わり続けること
———初期作であり大学卒業制作でもある短編映画『ラベンダー家族』、そして『Mia』、『ある回復の記憶』などは日常に散在するささやかな現象、人が人へ寄せる気持ちなどをドラマチックに描きすぎずに、平穏な空気感をささやかに差し出しています。このトーンは先に提示された“Among All Lovely Things My Love Had Been”にも通じる、関野さんの志向する空気感のように見受けていますが、ご自身では作品を通じて何を撮りたいと考えていらっしゃるのでしょうか。
関野:おそらくですが、何気ないものを撮ろうとしているように思います。そういうものって、いつでもすぐになくなってしまう、壊れてしまい得るものです。戦争や災害に巻き込まれたり、交通事故に急に遭ったりする……本当になくなってしまう可能性があるもの。そうして本当に喪失してしまうことがすごく怖いんです。だからどうか無くならないで欲しい———たとえ演じているものでもフィクションでも、実体験ではないにしろ、映像には残るので「演じたという記憶」は残りますし、映像はひとりの人のとある状態の記録ですし……どこか祈るようにして撮っています。

ラベンダー家族(2020)© Keisuke Sekino
———言及された、喪失への恐怖はもとより抱いていたものですか。それとも時代やご自身の経験を経て、新たに生まれた、あるいは生まれながらにあった恐怖心が増大していったのですか。
関野:もとより持っていたと思いますが、年を重ねて増幅していった感じがあります。家族を亡くす経験をするなどのひとつひとつの衝撃は大きいものです。自分自身でさえもいつでも失くなり得る感覚があります。以前、死傷者が出た大規模な交通事故が起きた現場近くに居合わせたことがあるのですが、そこで「自分は本当にたまたま死んでいないだけだ」、「いつでもあらゆる存在はなくなり得るんだ」とまざまざと感じました。存在は喪失するものだと心のどこかで受け入れている部分もありますし、分かってはいますが、時を経るにつれて恐怖心は成長しているように思います。
———存在の喪失(死)は生きることといつでも抱き合わせですが、生きることについても同様に恐れはありますか?
関野:あります、怖いですね。生きることってすごく変化することじゃないですか。毎分毎秒変わって、「すこし前の自分はもういない」という事実がそら恐ろしいですし、それ自体が瞬間的な死のようにも受け取れるんです。ともすれば死への根源的な恐怖は、生きることの恐怖とも言えます。さらに言えば、変化していくことの恐怖でもある。その意味ではすべて同義に感じられます。
———変化していくことへの恐怖ですか。
関野:はい。まわりの人たちが変化していくのがまず怖いですね。……まわりの人と言いましたが、もちろん自分自身も流れの中でともに変わってゆく存在なので、自分だけ棚に上げることはできないのですが。ただ、やっぱり周囲の人に起こる変化に結構驚きます。驚きますが、面白いとも思っています。なんと言うか、その変化を見逃したくない。それはすなわち「残しておきたい」、「見たい」という思いに繋がっています。

Mia(2022)© Keisuke Sekino

ある回復の記録(2024)© ikoi films
———身近な人たちの瞬間性をなんらかの形で固定化しようとする働きを映像に求めているとも言えるのでしょうか。
関野:そうですね。……目の前にある音や光景が具体的に、きれいに捉えられる映像表現には、カメラを触り始めた当初とても驚いた記憶があります。その頃から「残したい欲求」はうっすらとあった気がしますが、その無意識の感覚が結実したのは、イタリア留学中に見舞われたコロナ禍中につくった『映像日記』だったように思います。
常時消失する現在に
———『映像日記』についてくわしく教えていただけますか。
関野:映像日記1は2020年から2021年、映像日記2は2022年から2023年まで、それぞれ1年間365日自分の生活をまとめた記録作品です。前者はコロナ禍のイタリアで、ずっと家に籠ることを強いられるうちに「何かをしなくては自分が消えてしまう」と思ってはじめたものです。振り返ればすこし変な意識なのかもしれませんが、当時は自分の存在を「声をあげて届けなくては」という感覚でいました。でも次第に状況が緩和し、人と関われるようになると、映像日記のためにカメラを回す、本末転倒な事態になっていったことで、「自分は何を撮りたいのか?」を真剣に考えるきっかけにもなりました。惰性で撮った映像は見返してもワクワクしませんが、友達がめちゃくちゃ笑っている表情はどれだけ長いシーケンスだとしても見続けることができる。そうした積み重ねの結果、「撮った後のことも考える」———のちに編集の練習になったと気づきました———ようになりました。

映像日記 「Yesterdays」2021年2月25日 © Keisuke Sekino
———編集の練習、あるいは撮った後のことを考えるという点について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか。
関野:僕の場合、映画の企画段階で掲げたテーマではなく、映像の編集段階では「実際に撮ったもの」を優先するんです。経験上テーマに近づけようとして強引な編集作業をしてもあんまりうまくいかなくて。それよりはむしろ、撮った素材でなにができるかを見つける方がうまくいくし、そうあるべきだという信念も持っています。
それは撮られた映像は、もとより当初の想定通りにならない———天候や演者のコンディション等による変数がいくつもあるため———ですし、撮影者の意図は必ずしも鑑賞者にそのまま伝わるわけではないからでもあります。
だからその分、編集を僕が担当する場合には、撮影された映像をとにかく見ることに時間を費やすんです。現場で起きた様々な事情を一旦度外視して、「この映像には果たして何が映っているのか/何を撮ったものなのか」を冷静に見極めるために。そのスタンスは映像日記で培ったような気がします。

映像日記 「Everydays」2022年9月1日 © Keisuke Sekino
———興味深いです。お題目通りではなく、むしろ「撮られたもの」を正として再構成していくのですね。
関野:すこし抽象的な話になるかしれませんが、カメラが捉えるのは、現在であって、現在ではないんです。撮影しているまさにその瞬間は「現在」なのですが、「現在」は撮られた瞬間からもう「過去」に転じます。
その意味で僕が編集する段階で向き合っているのはすべて「過去」に属する記録で、そのいろんな「過去」をつなぎ合わせて生まれる「現実に近い、あったかもしれない可能性」みたいなものをフィクション映画だと捉えています。だからこそ僕のつくる映画はフィクションだけれども、日常の文脈から離れたものではない。
ちょっと言葉を変えると、映画を作ることで、僕自身が「あるかもしれない/あったかもしれない世界」を、自分の世界として想像したい気持ちが強くあります。そうあって欲しい、という願いも含めて。さらに言えば、わずかながらではあるかもしれませんが、この願いは、「未来に対して働きかけられるなんらかの手段」なのかもしれないとも思っています。