インタビュー
身体拡張によって、人間の意識と価値観がどう変わっていくのかを探求する。〜4期生インタビュー Vol.11 花形 槙さん〜
クマ財団が支援する学生クリエイターたち。
彼らはどんなコンセプトやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。
今という時代に新たな表現でアプローチする彼らの想いをお届けします。
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4期生41名のインタビュー、始めます!
花形 慎
1995年東京都生まれ。慶應義塾大学SFCを経て、多摩美術大学大学院 情報デザイン学科メディア芸術コースに在籍。
テクノロジーによる新たな身体の形を模索する試みとして、EMS(電気的筋肉刺激)などを用いて、現実とサイバースペースにおける肉体と意識、自己と他者を再構築するような状況を制作する。
OFFICIALSITE:http://shinhanagata.com/
https://kuma-foundation.org/student/shin-hanagata/
自分の中に他者が入り、混じり合う未知の身体感覚
――「Paralogue」は、自分の腕に他者を寄生させるという非常に斬新な作品ですが、これはどういう発想から生まれたものなんですか?
花形 慶応SFCに在学していたときに創ったものなんですが、ヒューマンコンピュータインタラクションの研究室に入った当初は、ざっくりと「テクノロジーを使った作品を創りたい」くらいしか考えていなかったんです。なんとなく身体拡張の分野に惹かれていたので、ひたすらアイデアを発表し続けるフェーズで、そうした類のアイデアを60個くらい出したんですよね。その中で一番ビビッと来たのが「Paralogue」のアイデアでした。
僕は『ブレードランナー』や『攻殻機動隊』がめちゃくちゃ好きなんですが、ああしたSF作品には必ず身体を改変させる場面がありますよね。それもあって身体拡張というものに惹かれていたんだと思いますね。
――自分では、身体拡張に何を求めていると思いますか?
花形 身体拡張というと歩行アシストやパワードスーツが思い浮かぶと思うんですけど、僕の場合は、『攻殻機動隊』の影響もあって“私とは何か?”ということに興味があるんです。身体を拡張したり変形させたりすることによって、意識がどういうふうに変容していくのか? 身体と意識の関係がズレたとき、まったく違う存在になるんじゃないかと想像してますね。
――EMSによって自分の身体が他者に動かされるという作品ですが、むしろ意識のほうにフォーカスしているんですね。どんな意識変化がありましたか?
花形 加速度センサーが256段階で測れるので、0/1のカクカクした動きではなく、相手がちょっとうつむいたり笑ったりする微妙な動きも反応が来るんですよね。そのため自分で動かす感覚とはまったく違っていて、「生きてるな」という感じがします。確実に自分ではない感覚があって、手が笑っているように見えてくるんです。定期的に実験に付き合ってくれた友だちがいるんですが、自分の手が彼の顔に見えてきたりしましたね(笑)。
他にもEMSの反射的動作ではなく、彼の雰囲気を察して無意識のうちに手を動かしている感覚がありました。自分の意志による動きと、電気信号による動きの差がだんだんなくなって、自動的に動いていくような感じになるんです。普通に生きていたら絶対に味わえないような感覚があって、それを1カ月に渡って記述し続けたりしていましたね。
――EMSを用いた一連の作品を見ていると、実社会に応用できそうな可能性を感じるんですが、進化系として思い描いていることはありますか?
花形 ヒューマンコンピュータインタラクションの世界にはEMSを使った分野があって、パーキンソン病や痙攣の体感を疑似体験することに使われたりしていますね。あとはVRで触覚を再現するためにEMSデバイスを開発している会社もあります。そういう技術やアイデアは大好きなんですけど、僕自身は便利なグッズを作るとか、効率を高めるといった用途にあんまりしっくりこない。僕が興味があるのは、そこで生まれる新しい価値観や意識の変化で、自分自身が変わっていく感覚そのものにゾクゾクするんです。やっぱりそれが気持ちいいし、怖いし、スリルがある。僕が作家をやっている醍醐味はまさにそこにあって、そこから先の社会実装については、メインには考えてないです。
――人間の意識が変わっていくという点では、新型コロナの影響でさまざまな変化がもたらされていますよね。クリエイターとして、この状況で変わってきたことはありますか?
花形 世界的なパンデミックが起きて政府が自粛要請を出したり、オリンピックが中止になったことが『AKIRA』と重なって、本当にSF映画の世界に来てしまったな、という実感があります。みんなネットを介して仕事をしたり交流するようになったわけですが、この状況で感じるのが、身体の意味がどんどん希薄になっていくことです。その感覚を「身体が透明になっていく」と表現しているんですが、今はその感覚を表現する作品を創ろうという意識になってきましたね。
常識の外にある、まだこの世界にはない価値観を求めて
――今年から多摩美術大学の大学院に入られたそうですが、今はどんな作品を創っていますか?
花形 2017年に制作した「Paralogue」が僕の転機になったんですが、このとき面白いと感じたのが、自分の身体の中に他者が入って混じり合う感覚でした。本当に手がしゃべった!という感動で全身に鳥肌が立って、価値観が変わるような経験だったんです。今、制作中の作品ではEMSは使ってないですが、自己と他者が混じり合うというコンセプトは通底しています。
以前、Uber Eatsのバイトをしていたんですが、そこで感じたのが、ひたすらアプリに動かされているような感覚でした。まずお店からリクエストが来て5秒以内にそれを受けると、初めてお店の場所がわかる。それから料理を受け取ってボタンを押すと、ようやく配達先の住所がわかるというふうに、自分が1分後にどこにいるか、自分でコントロールできない状態がずっと続くんです。クエスト機能というのがあって、あと何件配達するとボーナスがもらえるというふうにやる気や達成感もコントロールされていて、ただアルゴリズムに従わされている感覚なんですよね。だけど僕自身は、そのバイトがすごく楽しかったんです。
Uber Eatsが利用される背景として、コロナ過で外出したくないとか、忙しいといったことがあるわけですけど、これが行くところまで行くと、存在そのものを外注するんじゃないか、と考えたんです。
――存在そのものを外注!? それはどういう意味ですか?
花形 Uberは空いている車をタクシーにしたり、暇な人を配達員にするという発想ですけど、そのコンセプトの行き過ぎた形として、人と会う用事や出席しなければいけない会議など、あらゆる場面で他人の身体を借りて行動できるという架空のサービスを考えました。カメラとスピーカーで他人の身体を通して見たりしゃべることができるようにしていて、イヤホンから指示を出してコントロールできるようにしています。
今の社会では、身体と精神が一致していることが前提だけど、このサービスが普及したら、街を歩いている人が本当に自分の意志で歩いているのかわからない状況になりますよね。そうなったとき、どういう価値観の変化が起こるだろう?ということに興味があるんです。
本当にこのサービスが社会実装されたというフェイクニュースのPVも制作していて、今後は僕自身がそのパラレルワールドの登場人物という設定で、情報発信していこうと思ってます。
――そこには何か問題意識やメッセージ性が込められているんでしょうか?
花形 本質的に僕は、メッセージを伝えたいとか、今の時代がダメだからこうあるべき、といったことを言いたいわけではないんですよね。どんな異なる価値観も受け入れたいし、もっとラディカルな方向に進化できるんじゃないかと思っていて、常識の外に向かう感覚なんです。SF作品にありがちなオチとして、行き過ぎたディストピアをぶち壊して人間的な生活に戻っていくというものが多いですけど、僕はもどかしさを感じてしまうんです。結局、今のパラダイムから考えているから、そういうオチに落ち着いたほうがみんな納得するけど、その世界で暮らしている人の価値観や感覚は、僕らには絶対にわからないと思うんです。
――ディストピアとユートピアは同義だという気もしますね。
花形 その世界を見る人の視点なんだと思います。ディストピアに見えた世界がユートピアに変わったり、あるときすべての意味がひっくり返るかもしれないですよね。
――今後はどんなクリエイター活動をしていこうと考えていますか?
花形 今の僕のコンセプトは、身体を再構築することによって自分の価値観が書き換えられていく様を映像や文章などで記録していくことです。僕自身がゾクゾクするために作家活動をしているような感じなので、アーティストやクリエイターを名乗ることに正直、違和感があって、自分としては「プラクティショナー」や「実践者」と言ったほうがしっくりきます。あるいは「意識のマッサージ師」とか(笑)。
これだけテクノロジーによって身体を拡張できる可能性がある現代に生まれることができたので、これからもっと身体と意識について模索していきたいと思っています。
――本日はありがとうございました!
花形慎information
■作品「Aseptic Kiss」AR展示
11月中旬~ 場所/新宿高島屋広場
■「タマビ ヴァーチャル彫刻展」にて作品展示
http://www.idd.tamabi.ac.jp/art/exhibit/vc2020/
2020年8月2日~8月32日(無期限)
Text/Photo by 大寺明