インタビュー

化け学の観点から「人と人以外のものの関係性」を探る形而上的アートを創造。〜4期生インタビュー Vol.17 岡碧幸さん〜

クマ財団が支援する学生クリエイターたち。
彼らはどんなコンセプトやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。
今という時代に新たな表現でアプローチする彼らの想いをお届けします。

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4期生41名のインタビュー、始めます!

岡 碧幸

1994年北海道生まれ。
北海道大学農学部を卒業後、イギリスのRoyal College of ArtにてInformation Experience Designを学ぶ。
環境生命化学、情報学、哲学の観点からモノを観察した作品により、現代社会での人と人以外の存在の関係性を探る。
STRP ACT 2020ほか受賞。
OFFICIALSITE:https://miyukioka.com/

https://kuma-foundation.org/student/miyuki-oka/

 

 

農芸化学の研究からアートの世界に転身した理由とは?

 

――北海道大学の農学部からイギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(以下、RCA)に留学したという変わった経歴ですが、どういった目的があったんでしょうか?

 

 高校生の頃から芸術が好きだったんですが、一方で生物学や地学も好きだったので理系の大学に進みました。大学では農芸化学の研究をしていて、4年生までは将来、研究者になるつもりでした。それが生物や環境の研究をしているうちに興味がだんだん形而上的なものに移っていって、人と環境との関係性について研究したいと思うようになったんです。もともと美術をやりたかったというのもあって、大学で研究していたことと美術をつなげられるような学校に行こうと思い、RCAの「Information Experience Design」に入りました。

イギリスにある、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの校舎。

 

――直訳すると「情報・体験・デザイン」。日本では聞き慣れない学部名ですが、これはどんなアート領域なんですか?

 

 概念が中心なんですが、情報やメッセージをどんなふうに人に体験させるかというところで、いろんなメディアを使って表現します。インスタレーションをやっているファインアート寄りの人もいれば、UI/UXをやっているデザイン寄りの人もいて、作品も本当に様々です。たとえばある講師の方は難民生活のボードゲームを作っていて、ゲームを通して難民の状況を伝えることが目的なんです。伝えたいことに対して、ゲームを作る部分はデザインですよね。そんなふうに様々なデザインを考えて創るんですが、結果としてギャラリーに置かれるようなアート作品になるものが多かったですね。

難民生活のボードゲーム。ゲームを通して難民の状況を体験することができるよう作られている。

 

――2年間のイギリス留学で、新たな出会いや気づきみたいなものはありましたか?

 

 RCAには経歴も国籍もまったく違う人が集まっているので、文化のコンテクストがない中で自分の考えを伝える訓練になりました。どうして自分は農学部卒という経歴で、今こうしてアートを学んでいるかということをゼロから説明しなければいけなかったので、自分の考えの整理にもなりましたね。

私は日本人として見られるわけですけど、伝統的な日本文化の中で培われてきた作品というより、都市と自然が混在した札幌という環境に影響を受けて創作していることに気づきました。私はずっと「環境と人の活動」や「人と人以外の関係性」みたいなものに興味があったわけですが、それは自分が育ってきた札幌という土地に影響を受けていることを再確認しましたね。それからは人を取り囲む環境が、その人に与える影響みたいなものをすごく考えるようになって、作品にも影響するようになりましたね。

 

――「環境」が創作のテーマになっているようですが、それぞれの作品はどんなメッセージを伝えようとしていますか?

 

 『moment(s)』という作品は、和辻哲郎さんの『風土』という本にインスピレーションを受けて創ったものです。土地の気候と環境、そこにいる自分との関係性に注目した作品なんですが、1分間に1回変わるライトとファンによって、過去のランダムな地点での風と太陽光の状態が再現されます。デジタルな方法によって環境の変化を表現しているわけですが、環境が連続的なものでなくなったとき、私たちの意識はどう変わっていくだろう?といった自分と環境のつながりを考えてほしいという思いがあります。

中心のトレイには水が張ってあって少しずつ錆びていくのですが、この表現は変わりゆく環境のメタファーとして使っています。気候によって地形がどんどん変わっていくように、自身の考え方も環境に影響を受けて変わっていくものだと思っています。今の時代は環境を人間の思いどおりにコントロールするようになってきていますよね。これまで人以外のものの力で滑らかに創られてきた自分というものが、コントロールされた環境に影響を受けることで、どう変わっていくだろう?ということを考えた作品でもあるんですね。

「moment(s)」コンピュータにつながれたライトとファンによって、過去のランダムな地点での、風と太陽光の状態が再現される。

 

 

世界を悲観的にも楽観的にも見ない“今ここにある”感覚

 

――『ikitoshi』は土を使った作品ですが、これはまさに大学時代の農芸化学の研究ともつながってくるのでは?

 

 ちょっと近いですね。私は物質循環をずっと研究してきましたが、物質に注目すると、自分も他人も生物も境界が曖昧になります。そうした曖昧さの中にある一体感が、環境問題においてもウェルビーイングにおいても、私はすごく大事なことだと考えているんです。

この作品は微生物燃料電池という仕組みにインスピレーションを受けて創ったものですが、吊り下げられたボールに土が入っていて、その土から発電した電気で時計を動かすという仕組みです。その下に花がありますが、これは人間の皮膚でできている花なんですよね。生きている者も死んでいる者も、いずれは土に還って自分じゃないものになる。微生物燃料電池によって物質循環を感じられるようにすることで、亡くなった人を偲ぶための新しいシステムとして考案しました。物質として見たとき、私たち人は特別な存在ではないけど、その前提のもとで亡くなった大事な人を偲ぶことができる空間を創ろうと考えたんです。

 

――“環境”というテーマから、環境問題に警鐘を鳴らすといったメッセージ性を想起していたんですが、岡さんのテーマは、もっと広い視点にありそうですね。

 

 私は環境問題についても作品を創ることがあるんですけど、極端なことを言ってしまうと、環境を守ろうとするのも人のためじゃないですか。そう考えると、人が環境に悪いことをやり続けて絶滅してしまうなら、「それはもうしょうがないこと」くらいの視点で見てます。それくらいのところまで考えないと、おそらく環境問題を考えない人は考えない。ただ環境を守ろうと言うのはなく、「本当に絶滅しますけど、それでもいいですか?」という感じで、環境について考えることを始められる“場”を創ろうとしている気がしますね。

「ikitoshi」土の微生物が有機物を分解するときに出るエネルギーを利用する、微生物燃料電池という仕組みから着想を得た作品。

 

――大学時代は研究者を目指していたということですが、環境と人との関係性を考えるにおいて、他にも社会活動家や社会起業家といった選択肢もあったと思うんです。あらためてアートを選んだことを、どう捉えていますか?

 

 実は大学時代にJICAの活動に参加したり、けっこう社会活動もしていたんですよね。もちろんそうした活動はすごく意義のあることなんですけど、やっぱり私にとっては芸術が一番広いものに思えたんです。私は芸術をコミュニケーションだと捉えていて、もっとも広い範囲の人とコミュニケーションが取れて、もっとも広範囲に影響を与えられるものが芸術だと思っています。芸術は人の活動の根本にある抽象的な思想や思考に影響を与えるものなので、もし活動家の方の考え方に影響を与えることができたら、社会により大きな影響を与えられるかもしれない。そういう思いで芸術を選んだ気がしますね。

 

――様々な問題を抱えた時代ですが、人と環境との関係性をテーマとするアーティストとして、どんな未来であってほしいと思っていますか?

 

 私は化け学から世界を観るという研究をしていたので、個人と生物や現象をあまり切り離して考えていなくて、物質とエネルギーの流れの偶然の重なりが、いろんな現象になって表れているのだと捉えています。“今ここにあるもの”が積み重ねられて世界は創られていくものだと思っていて、世界を悲観的にも楽観的に見てないです。偶然の重なりで“今ここにあるもの”を感じるだけでも、世界は素晴らしいという気持ちになれるんですよね。

物質とエネルギーの流れという観点からすると、人間ってそんなに特別な存在ではなくて、地球のネットワークに入っていないとやっていけない存在なんですよね。じゃあ原始世界に戻ればいいのかというと、そんなことは絶対にできない。自分たちが地球のネットワークの一部であることをみんなが意識した上で、環境が変わっていくだろうということを受け止めて、もし何か対策を講じる必要があればやっていこうというプラクティカルな考え方をしていますね。

 

――本日はありがとうございました!

新型コロナウィルス感染防止のため、オンラインにて取材。

 

 

岡碧幸information

■2021年5月頃 札幌にて個展を開催予定

 

 

Text by 大寺明

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