インタビュー
自分の意識とガラスの意識が混じり合い、記憶の中の心象風景に形を与える。〜4期生インタビュー Vol.25 袁 方洲さん〜
クマ財団が支援する学生クリエイターたち。
彼らはどんなコンセプトやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。
今という時代に新たな表現でアプローチする彼らの想いをお届けします。
>>> 4期生のインタビューについての記事はこちらから。
4期生41名のインタビュー、始めます!
袁 方洲
1995年生まれ。
中国遼寧省出身。
2018年に清華大学美術学院 工芸学科ガラス専攻卒業。
2019年より東京藝術大学大学院美術研究科 工芸専攻の修士課程に在籍。
身の回りに存在するものへの印象や記憶を、ガラスや木などの素材を使って心象風景として表現することをテーマに作品を制作している。
OFFICIALSITE:https://www.yuanfangzhou.com
https://kuma-foundation.org/student/yuan-fangzhou/
中国の華やかな文化より、日本のわびさび文化に惹かれた
――ガラスを素材に非常に独創的な作品を創られていますが、ガラスアートをはじめたきっかけを教えてください。
袁 私は幼稚園の頃から絵画を勉強していて、ずっと手作りの創作に興味を持っていました。そのため清華大学の受験でも自然と工芸学科を選んだのですが、ガラス、金属、漆、染色に専攻が分かれていました。ガラスという素材でアート作品を創ることが自分にとっては珍しかったので、好奇心からガラスを第一希望にしたんです。それからガラス素材を使って立体造形作品を創ることを研究するようになって、もう6年になります。
――なぜ日本の東京藝術大学で学ぼうと考えたんですか?
袁 清華大学に入ってから日本のわびさび文化や、60年代末に日本で起きた「もの派」の芸術運動に興味を持つようになって、大学2年生のときには日本で勉強したいと思っていました。ガラス工芸に関しては、中国は工業製品としてはすごく発達していますが、ガラスアートとしてはまだ発展段階にあるように思います。アジアの中では日本のガラスアートが一番発達していますし、大学時代からガラス作家の藤原信幸先生を尊敬していたので、東京藝大の藤原先生の研究室で学びたいと思ったんです。
――日本に来て2年半ということですが、創作の面で変化したことはありますか?
袁 中国にいた頃は、展示台に作品を置くだけで、あまり空間を意識して作品を創っていませんでした。それが日本に来てから展示する場所や空間を意識して作品を創ろうという意識に変わりました。ある意味、オブジェからインスタレーションに変わったような感じです。中国のアーティストは作品だけ創ればいいという意識が強いです。だけど、日本の美大生は展示台まで自分で作ったり、全部自分の手で作ろうとします。そこはちょっとすごいなと思いましたね。
――袁さんの作品を見ると、日本のわびさび文化に興味を持つのもわかる気がします。わびさびのどんなところに惹かれましたか?
袁 中国のものはけっこう華やかなイメージのものが多いです。だけど、自分は華やかな感じがあまり好きじゃなかった。それよりも千利休が、割れた茶碗の不完全さや素朴な茶室に見出したわびさびの美意識に惹かれたんです。
――中国のカラフルで華やかな文化に対して、袁さんの作品は黒を基調にしていますね。黒という色にどんな意味を込めていますか?
袁 黒色の作品のモチーフは影なんです。昔の記憶を思い出すと、あまり色がついていなくてモノクロの印象があります。私にとって昔の記憶はモノクロの影のイメージなので、それを黒色のガラスで表現しました。本来は二次元のものである影を立体造形の影にしたいと思ったんです。もともと私はガラスの透明感にあまり興味がなくて、色よりも質感や造形のほうが重要だと思っているので、それを観てほしいという思いもあってシンプルな色を選んでいます。
――ガラスというと吹きガラスが思い浮かぶんですが、こういった立方体や円錐の形はどうやって創られているんですか?
袁 私は吹きガラスはそんなに得意ではなくて、キルンワークという技法で制作しています。冷えたガラスを砕いて粉ガラスにして、それを石膏の型に入れて電気炉で加熱するという技法なんですが、最初に自分が創りたかった形と、最終的にでき上がった形がまったく違うものになることがよくあります。難しいことは難しいんですが、私はそれもガラスの魅力だと思っています。ガラスを勉強し始めたばかりの頃は、ガラスを完全にコントロールすることが一番やりたいことでしたが、今は自分の意識だけで創るのではなく、そこにコントロールできないガラスの意識みたいなものが入ってきて、ガラスと一緒に作品を創ろうという思いで制作するようになりました。
超芸術トマソンの感覚で、日常のものを現代アートに
――作品の題名から哲学的な印象を受けるのですが、コンセプトを教えてください。
袁 最近は、身の回りに存在するものに対する印象や感覚を、記憶から見た心象風景として表現することをテーマにしています。私にとって日常の中に存在するものの多くは、球体や円錐や立方体などのシンプルな形に置き換えられます。このシリーズ作品は、日常の風景を自分の視点で単純化して、その一場面を表現するというコンセプトなんです。
――身の回りにある日常のものをモチーフにした抽象表現なんですね。
袁 私は子供の頃から身の回りのことを観察するのがすごく好きで、日本に来てから「超芸術トマソン」の本を読んで、この考え方は自分とすごく似ていると思って、今も愛読してます(笑)。作品制作のテーマもトマソンからかなり影響を受けていますね。
――超芸術トマソン! 袁さんからその言葉を聞くとは思いませんでした(笑)。トマソンのように街で気になるものを見つけたら、それをモチーフに作品を創るわけですか?
袁 修了制作の『地上の雲』というシリーズは、日常で見たものと私の記憶がモチーフになっています。あるとき大学で水道工事をしていて、キャンパスに白い排水管が並べられていました。その排水管から子供の頃に見ていた飛行機雲の記憶を思い出して、空から落ちてバラバラになった飛行機雲を並べ直すようなイメージで作品を制作しました。白い筒状のものはガラスでできていて、下に置かれた黒いものは木でできています。これからもガラスをメインにしていくつもりですが、石や木や金属など他の素材も使っていきたいと思っています。
――ガラスというと、つるっとした人工的な質感のものが多いですが、袁さんの作品は、長年の風雨によって形作られた自然物のような趣がありますね。
袁 私は自然物と人工物の関係にすごく興味があります。ガラスという素材は完全に人工的に作られたものでもなければ、完全に自然に存在するわけでもなく、自然と人工の中間の素材だと思っています。だから私はガラスを使って自然の質感と人工的な形を表現しようとしているのだと思います。今はちょっとテーマが変わってきているのですが、以前は性質の変化や腐食などの経年変化に興味があって、“時間の流れ”を作品のテーマにしていたんですよね。
――中国には“悠久の時の流れ”というイメージがある一方で、現在の中国は、大量生産・大量消費のものすごいスピード感を感じます。そうした早すぎる時代の流れに対する抵抗感みたいなものがあったりしますか?
袁 今の中国の商品はなんでも非常に安い値段で買えるけど、自分はできるだけプラスチック製品は買いたくなくて、時間とともに変化する金属や木の素材で作られたものを買うようにしています。最近、だいぶ中国でもそうしたものの価値に関心を持つ人が増えたけど、そういう意識がある人はまだ少ないです。だけど、豊かさの中で育った若い世代の意識は変わってきていると思いますね。
――将来的には日本と中国を行き来しながら活動していく考えでしょうか。今後の展望を聞かせてください。
袁 中国と日本を中心に活動したいと思っています。卒業後は、とりあえず何年か日本で仕事をしながら制作をして、もし可能ならドイツに留学して現代アートについて勉強したいと思っています。いろんな国の文化や環境の中で制作してみたいと考えているんですが、将来的には中国に戻って自分が好きな雰囲気のギャラリーを作りたいです。実際に作品を見せることで、その美意識をみんなに伝えていきたい。もっと将来的な話で言うと、ガラスによる現代アートの教育者になりたいと思っています。自分の美意識をより多くの人に伝えて、もっとガラスアートを認めさせていきたいですよね。
――本日はありがとうございました!
袁 方洲 information
■第69回 東京藝術大学 卒業・修了作品展
https://diploma-works.geidai.ac.jp/
2021年1月29日~2月2日(東京都美術館は2月1日休館)
9:30~17:30(入場は17:00まで)
【会場】学部:東京都美術館/東京都台東区上野公園8-36
大学院:大学美術館・大学構内/東京都台東区上野公園12-8
※入場無料ですが、オンラインによる事前予約が必要となります。
■第24回 岡本太郎現代芸術賞展
2021年2月20日~4月11日(月曜休館)
【会場】川崎市岡本太郎美術館/神奈川県川崎市多摩区枡形7-1-5
一般700(560)円、高・大学生・65歳以上500(400)円、中学生以下は無料 ※( )内は20名以上の団体料金
■第14回 ガラス教育機関合同作品展
2021年3月9日~3月13日
【会場】東京都美術館地下3階ギャラリーA・B(無料)
■創立50年記念‘21日本のガラス展·東京展
2021年9月28日~10月3日(以降巡回)
【会場】代官山ヒルサイドテラス
Text by 大寺明