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活動支援生インタビュー Vol.11 土屋 未沙「枠から飛び出した動物たちの世界」
クマ財団では、プロジェクトベースの助成金「活動支援事業」を通じて多種多様な若手クリエイターへの継続支援・応援に努めています。このインタビューシリーズでは、その活動支援生がどんな想いやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。不透明な時代の中でも、実直に向き合う若きクリエイターの姿を伝えます。
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>活動支援生インタビュー、はじめます!
Misa Tsuchiya | 土屋 未沙
水性木版画という伝統的な技法を用いて、動物をモチーフとした作品を作り続ける木版画作家・土屋未沙。動物たちのユーモラスな造形とアフリカの民族絵画を思わせるビビッドな色彩により、野生の世界を表現することが彼女の持ち味だ。そんな土屋が目指すのは、伝統的な木版画技法をリスペクトしつつ、新たな表現を模索していくこと。そのため木版画をベースにしながらも既存の表現に捉われない作品を制作している。5月20日から29日までクマ財団ギャラリーで開催されるグループ展では、一般的な木版画の他に「半立体」と呼ぶ作品や大きな立体作品も展示するという。既存の枠を飛び出して、彼女はどんな自由な世界を見せてくれるだろう?
インタビュアー・ライター:大寺 明
自分の印象を表現することが、私にとってのリアル
――伝統的な水性木版画の技法を使って動物をモチーフとした作品を制作されていますが、まずは木版画に興味を持ったきっかけを聞かせてください。
土屋:中学・高校時代はソフトボールが大好きな運動女子で、まさか自分が美術の道に進むとは思ってもいませんでした。そんな私が美術に目覚めたきっかけは、高校の授業で木版画を教えられたことでした。彫刻刀で版木を彫って、それを摺ることで絵ともまた違う印象が生まれることが、すごく面白いと思ったんです。
それがきっかけで美大を志望するようになったんですが、版画専攻があることすら知らなくて、最初は油絵や映像で探していました。その後、授業で版画を教えてくれた先生が武蔵野美術大学の版画専攻の卒業生だったことを知って、私も版画専攻で探すようになり、多摩美術大学の版画専攻に入りました。
――どんなところに木版画の魅力を感じていますか?
土屋:一番の魅力は、自分の気持ちを版木に乗っけられる感覚があって、ストレートに表現できることです。もうひとつは、日本に昔からある伝統的な技法であること。日本の代表的な美術というと、葛飾北斎などの浮世絵の文化だと思うのですが、日本の美術のルーツのひとつという部分にも魅力を感じます。特に水性木版画は日本で花開いた技法でもあるので、やり甲斐を感じますね。
――カラフルな原色の作品を作られているので、アフリカの民族絵画などの影響を想像していたのですが、浮世絵の影響があるというのは意外でした。
土屋:原色を使うことについては、私の胸のあたりに何かたぎるものがあるんでしょうね(笑)。その気持ちを表現できるのは、やはり中性的な色ではなく、ストレートな原色が合うんです。
浮世絵については、私がもっとも好きなのは歌川国芳です。浮世絵は景色を描いたものが多いですが、国芳はくじらや鯉などの生き物を描いていて、非常にダイナミックなんです。自分のイメージで脚色しながら普通では絶対に見られないような構図で描いているところが好きなんですが、そうしたダイナミックな表現や構図には、かなり影響を受けていると思います。自分のたぎる部分にしっくりくるんでしょうね。でも、不思議なものですよね。伝統的な技法から脱却して新しい表現を模索しているというのに、原点が浮世絵というのも(笑)。
――土屋さんもデフォルメされたユニークな造形の動物を描いていますが、動物を通してどんなものを表現しようとしていますか?
土屋:人間とは違う色や形、予測不能な動きといったところに惹かれて動物をモチーフにしているわけですが、さらに自分の印象を混ぜることによって、より動物の面白さを出したいと思っています。動物の得体の知れない雰囲気やつかみどころのない感じを表現したいんですね。
実際の動物に比べると、ありえないような関節の曲げ方をさせてみたり、長さや大きさを変えたりして、かなりデフォルメしていますが、それが私にとってのリアルなんだと思います。見たまんま描くと、その動物ではなくなってしまう。自分のフィルターを通すことで、やっと動物の内面も含めた本来の姿を表現できるという感覚があります。
――「動物の造形性や内面を追求している」とのことですが、『夜明けの鼓動』という作品で牛が太陽を向く一連の動きを表したり、『昼下がりの行方』でトムソンガゼルの不安と心躍る気持ちを表したり、多面的な表現をされていて面白いです。動物の内面を描くにおいて、どんなことを意識していますか?
土屋:生きるか死ぬかの野生の世界をベースに、その動物はどんな気持ちなんだろう?ということを常に考えながら作るようにしていますね。だから動物園の動物を見てもあまり参考にならなくて、野生動物の映像を参考にすることが多いですね。
――水性木版画の制作過程において、こだわっていることや苦心していることはありますか?
土屋:直接的に絵を描くのとは違って、版画は間接的な技法になるので、最初に想定していた絵と完成した絵が違うものになっていることがよくあります。その方がいいときもあれば悪いときもあって、自分の理想とどう合致させるかという点で苦心していますね。
色ひとつとっても、スケッチと同じ色を使ったはずなのに、摺ってみると思っていた色と違って見えたり、色のぼかしにしても、納得できなくて何度も摺り直すことがよくあります。『水浴』という作品では、水の流れを表現するために下の飛沫を白くしたグラデーションにしたんですけど、とにかく摺りが大変で、二度とやりたくないです(苦笑)。どこまで表現すれば納得いくかということを、常に自分と相談しながら作っています。
四角い枠から飛び出し、より自由な表現へ
――伝統的な木版画の技法を使って新たな表現方法を模索しているということですが、どんな表現を生み出したいと考えていますか?
土屋:新しさは人が評価するもので、自分で言うのもおこがましいんですけど、「半立体」という表現に挑戦しています。「見当」と言って、版画は同じ位置に絵を置いて摺らないと版がズレてしまうので、四角い画面が絶対なんですね。ところが私は、版画の展覧会で四角い絵ばかり並んでいることに何とも言えない気持ち悪さを感じてしまって(苦笑)。
それで版画の四角い枠から脱却したくて、「半立体」という表現に挑戦してみました。これは動物の形に切った板に版画を貼りこんだ作品なんですが、立体でも平面でもないことから「半立体」または「2.5次元版画」と呼んでいます。そうすることで四角い枠から飛び出しているわけですが、動物を表に出して自由に動かしてあげたいという気持ちがありますね。
――なるほど、既存の見せ方に囚われない表現と、動物たちの自由な世界がマッチしているわけですね。
土屋:そうですね。作り方の新しさについてはそういう表現をしているんですけど、近年は作品の内容についても考えるようになってきましたね。
3年前にヴェネチア・ビエンナーレを観に行ったんですが、世界各国のいろんな作品を観て、あらためてメッセージ性が大事だということを実感しました。動物を通して何を伝えるかは以前から考えていたことではあるのですが、もうちょっと直接的にメッセージ性を出したいと思うようになり、自分の社会に対する思いみたいなものを入れるようになってきました。動物を介してそれを伝えることで、ストレートに代弁してくれるように思うんです。
たとえば「illusion」という作品では、SNSにおける真実ってなんだろう?という思いを込めて、10代の女の子の目が大きく加工されていることをウサギで表しています。こんなふうに新作ではメッセージが入っているものが多いですね。
――5月20日から開催されるクマ財団ギャラリーのグループ展に出展する作品には、どんなメッセージが込められていますか?
土屋:アメリカバイソンを描いた作品では、コロナ禍のアジア人ヘイトをテーマにしました。今でこそアメリカバイソンはアメリカの国獣に指定されていますが、19世紀半ば、白人が先住民を支配下に置くために、彼らの食糧源だったバイソンを乱獲して絶滅寸前まで減少した時代があったんです。コロナ禍のアメリカでアジア人が理不尽な暴力や差別を受けているのを見たとき、いろんな人種で成り立っているのがアメリカという国なのに、その一員であるアジア人を排除しようとするのはおかしいと感じました。たとえ今は辛くても、いつかアジア人もアメリカバイソンのように大事な存在として認められるときが来るはずだから、それまで頑張ってほしいという思いを込めて、黄色いアメリカバイソンを描いています。
――ロシアの国獣であるクマをテーマにした作品を制作しているとのことですが、それはやはりロシアのウクライナ侵攻に対するメッセージとして?
土屋:そうですね。空腹で今の状態に満足していないクマが、フェンスを飛び出して新しいものを食べにいこうとしている獰猛な様子を描こうと思っています。それは今のロシアのことだけでなく、何かを実現したり夢を叶えるためには犠牲にするものもたくさんあると思っていて、犠牲を顧みずに何かを叶えようとすることは、けっこう獰猛なことだと思うんです。その貪欲さは果たして本当に良いものなんだろうか?というメッセージを込めて作っています。
――土屋さんは一般的な版画の他にも、半立体の作品やフィギュアを作っていますが、グループ展では大きな立体作品を展示されるそうですね。
土屋:白い壁に作品を飾ることに堅苦しさを感じまして、空間に飾りたいと思いました。それで小屋で空間を作ろうと思いまして、いっそのことその小屋自体を作品にしようと考えました。トラのお腹がトンネルになっていて、中は半立体の作品が広がる空間になっています。
――それもかなり型破りですね。きっと土屋さんにとって、表現とは型にはまらない自由を意味するんでしょうね。
土屋:そうですね。きっと私にとって創作は自由に至る手段なんだと思います。
今年2月に「Over the fence」という個展を開催したのですが、それがまさに「枠から飛び出せ」というテーマでした。半立体の作品も版画の型を破って新たな展開を試みたものだったし、アメリカバイソンの作品も理不尽な風潮から「飛び出せ」というメッセージを含んでいて、今回のグループ展もその延長線上にあると思っています。
――最後に今後の展望を聞かせてください。
土屋:メッセージ性を入れるという作風の転換点となったのが、海外の作品から受けた刺激だったこともあって、新しい自分を見つけるために海外で活動してみたいという気持ちがあります。具体的な国はまだ決めていませんが、海外で日本の木版画のリアクションを見てみたい。
自分が美術の道に進むきっかけとなったのが木版画だったので、木版画に恩返ししたい気持ちもありますし、木版画の新しい表現を模索していきたいという気持ちもあります。そう言いながら、ある日突然、彫刻刀を捨ててインスタレーションを始めたりしているかもしれませんが、木版画は10年以上続いている親友みたいな感覚なので、今後もずっと関係は続いていくと思います。
――グループ展も楽しみにしています! 本日はありがとうございました。
【お知らせ】
クマ財団は、2022年4月28(木)にクマ財団ギャラリーをオープンいたしました。
ギャラリーオープンを記念し、「グループ展/はじまり」を開催中です。
宇都宮 琴音も出展しております。ぜひ、新たな活動の「はじまり」をご覧ください。
■特設サイト:https://kuma-foundation.org/gallery/