2022-23
《peel》《print nature》
写真や教科書で、 現実の金閣をたびたび見ながら、私の心の中では、父の語った金閣の幻のほうが勝を制した。 父は決して現実の金閣が、 金色にかがやいているなどと語らなかった筈だが、 父によれば、 金閣ほど美しいものは地上になく、 又金閣というその字面、その音韻から、私の心が描きだした金閣は、途方もないものであった。
吃りが、 最初の音を発するために焦りにあせっているあいだ、 彼は内界の濃密な稿から身を引き離そうとじたばたしている小鳥にも似ている。 やっと身を引き離したときには、もう遅い。 なるほど外界の現実は、私がじたばたしているあいだ、手を休めて待っていてくれるように思われる場合もある。 しかし待っていてくれる現実はもう新鮮な現実ではない。 私が手間をかけてやっと外界に達してみても、いつもそこには、瞬間に変色し、ずれてしまった、そうしてそれだけが私にふさわしく思われる、鮮度の落ちた現実、半ば腐臭を放つ現実が、 横たわっているばかりであった。
( 三島由紀夫著 金閣寺 )
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