インタビュー

VR技術で「ドラゴンの肉」を食べるのが目標。現実を超えるものを創りたい。〜4期生インタビュー Vol.4 中野萌士さん〜

クマ財団が支援する学生クリエイターたち。
彼らはどんなコンセプトやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。
今という時代に新たな表現でアプローチする彼らの想いをお届けします。

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4期生41名のインタビュー、始めます!

中野 萌士

 

1996年福岡県生まれ。
高校時代はロボット制作に打ち込む。大学2年次からVR/ARの研究をはじめ、奈良先端科学技術大学院大学にてVR/ARにおける「味覚」を研究。
ARによって食事の外見を変化させる「DeepTaste」や、VR空間で食体験ができる「Ukemochi」を開発し、2019年度IPA未踏事業スーパークリエータに選出。
●オフィシャルサイト https://signs0302.github.io

https://kuma-foundation.org/student/kizashi-nakano/

 

 

ARでそうめんをラーメンに変える味覚の挑戦

 

――高校時代はロボコンに打ち込んでいたそうですね。ロボットからVR/ARの研究に変わった経緯を教えてください。

 

中野 大学進学後も最初のうちはロボットを作っていました。大学2年のとき、研究サークルの先生がヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)を持っていて、それを触りたいと思ったのがきっかけでしたね。そのためには何か研究にこじづけないといけない。それで最初に作ったのがARの作品だったんです。

 

――最初のAR作品が「そうめんをラーメンに変える」というものですが、なぜ味覚に目を向けたんですか?

 

中野 大学2年のときが僕のターニングポイントなんですけど、その頃、クローン病を発症しまして、大好きなラーメンが食べられなくなったんですよね。

 

――クローン病……それはどんな病気なんですか?

 

中野 塩分や糖質が高いもの、食物繊維が多い食べ物がダメで、そうすると、ほぼすべてダメみたいな(苦笑)。専用の食事もあるんですが、僕はヒュミラという薬を投薬しているので、多少食べても体調を崩す程度ですむんですよね。

 

――なるほど、それでラーメンを食べたいと。本当にラーメンの味を感じるものですか?

 

中野 がっつりラーメンの味がするというほどでもないです。ただ、ラーメンの風味を感じられたり、食感が変わったりします。もしくは、そうめん味のラーメンを食べてるみたいな。味自体は大きく変わらないけど、何を食べているかなどの認知が少し変わったように感じられます。

「Deep Taste」VRを使用して食事の外見を変えることで人の味覚を錯覚させる。IEEEVR2019,ISMAR2019にて発表。

 

――視覚を変えることで、脳に錯覚させているわけですね。

 

中野 実はこれを作ったとき、クローン病の発症の他にも自分の周囲でいろいろ問題があって、落ち込んでたんです。そんなとき、昔読んだ『夢をかなえるゾウ』(水野敬也/著)という本を思い出しまして、そこに「運が良いと口に出して言う」ということが書かれていたんです。

なんとなく実践してみたら、たしかに脳が出来事から良かったことや学びを探すようになって、ポジティブシンキングみたいに考えるようになりました。それからARやVRを通して「感じ方や考え方ひとつで個人の世界は変えられる」というメッセージを伝えたいと思うようになったんです。

 

――味覚については、どんな考えで研究していますか?

 

中野 なぜ味覚を研究テーマにしているかというと、とても曖昧な感覚であることと、五感の中でも研究が進んでいないことがあります。人間は感覚を統合して風味として味を感じているので、他の感覚の影響を受けやすい。特に匂いの影響が強くて、鼻をつまんで食べると味がしなかったりしますよね。だから味覚の研究は個人差が大きくて盛んではないんです。

視覚や聴覚の研究も面白そうだと思いますけど、僕がやらなくても誰かがやるはずです。味覚はやってくれる人が少ないので、じゃあ自分でやるかと(笑)。

 

――実際にハシを動かすと、それに合わせて映像の麺も動くことに驚きました。どういう技術を使っているんですか?

 

中野 「GANs」という機械学習の手法を用いてます。たとえば、たくさんの人間の顔画像を使用することで、現実には存在しない人間の顔画像などを生成することができます。それを食事画像で研究していた電気通信大学の堀田大地くん(現在は東京大学大学院在学)という人がいたので、一緒にやらないかと声をかけて作ったのが「DeepTaste」でした。

彼は技術への興味が強い人なんですが、僕は「それを使って何ができるか」ということに興味があるんですよね。

 

 

 

VRの世界に、リアルの食文化を持ち込みたい

 

――「DeepTaste」はARですが、「Ukemochi」の方はVRですね。

 

中野 そうですね。正確に言うと、Augmented Virtuality(以下、AV)という中間領域にあたります。ARとVRの違いを簡単に説明すると、例えばヴァーチャルな彼女がいたとして、リアルの世界に彼女が遊びに来るのがAR、彼女がいる世界に自分が遊びに行くのがVRですが、AVはリアルの情報をVR空間に持っていくというものです。

 

――たしかに花見のVR空間でリアルのカツ丼を食べていますね。花見をしながら食べると、美味しく感じるものですか?

 

中野 美味しいというより、楽しいですね。花見をしながら食べたり、人と食事をすると美味しく感じるというのは、本当に味が美味しくなっているわけではなくて、花見をしたり友だちと会う「楽しさ」を「美味しさ」と錯覚しているという説があります。

そう考えると、汚い部屋で食べるより、花見をしながら食べた方が美味しく感じるというのは仮説としてありますね。

「Ukemochi」VR空間で食体験を構築させるため,HMDを装着した状態で違和感なく食事をAV表示させるアプリケーション。

 

――「Ukemochi」を作った意図を教えてください。

 

中野 VRの世界に食文化を持ち込みたいと思っているんです。

VRの世界には、本当にその世界に生きている人たちが、一部ですが普通にいます。彼らはVR空間でいろいろ作ったり、人と遊んだりして、一日中VR空間で過ごしているんですけど、やっぱり食事だけは難しい。なぜならHMD(VRゴーグル)を着けると、現実世界の食事が見えなくなるからです。それでVR空間に食事を持ち込むために作ったのが「Ukemochi」です。

だけど、今ある問題としては、結局、HMDを着けると口付近の食事が見えなくて食べにくい。それで今は食事が見えやすくなるようなHMDを開発中です。

 

――正直なところ、食べにくそうだな……と思って見てました(笑)。一番の課題はそれかもしれないですね。

 

中野 食事映像の位置合わせや遅延対策などを頑張ってだいぶマシにはなったんですけど、現在のHMDの見える範囲が足りていないのでやっぱりまだ食べにくい(笑)。すでに発表していたものを今は設計し直して作っていて、来年春には発表できると思います。

 

――リアルの食べ物をVR空間に持ち込む一方で、アニメに出てくるような巨大な肉を食べてますよね。アニメの肉は、子どもの頃の夢でした(笑)。

 

中野 今一番やりたいのが「ドラゴンの肉」なんです。

「DeepTaste」のラーメンの場合、過去に食べたものの記憶を元にしているので、その味の記憶がないとラーメンの味に変わらないですよね。逆にいうと、誰も食べたことがない空想上のものを食べてみたいと思っているんです。

 

――VR/ARは現実ではできないことができるという良さがありますが、現実については、どんな考えを持っていますか?

 

中野 現実世界がもっとも解像度が高くて情報が一番リッチですよね。そこから匂いや色、触感といった細かい情報を読み取っているわけですけど、人間はあまりいいセンサーを持ってないので、全てを知覚できないんです。それを脳が補って「たぶんこんな感じだろう」と認知しているわけですが、その人の感じ方によって変わってくるので、現実は曖昧なものだと思ってます。

 

――今後やっていきたいこととしては、曖昧な現実を、VR/ARによってより良く錯覚させていきたい?

 

中野 VRは「仮想現実」と言われてますけど、ヴァーチャルは仮想という意味ではなくて、本来の語源としては「実質的現実」が一番近い。「仮想」は嘘ということですが、「実質的」は嘘なんだけど現実と同等という概念です。

だけど今の段階では、現実にはできないことができるという新しい概念が生まれているじゃないですか。このこと自体が現実を超えていると思うんです。

やっぱり現実を超えられるようなものを創っていきたいですよね。

 

――本日はありがとうございました!

新型コロナウィルス感染防止のため、オンラインにて取材。

 

 

 

中野 萌士 information

『UKEMOCHI』(HTC VIVEのみ対応)
https://booth.pm/ja/items/1822068

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Text by 大寺明

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