KUMA FOUNDATION クマ財団

KUMA FOUNDATION クマ財団

クリエイター奨学金は、学生クリエイターの育成を目的とした、給付型奨学金です。

ニュース

久保田 徹2021.03.15

ドキュメンタリーの役割は、何かを訴えようとする人の“実存”を描くこと。〜4期生インタビューVol.38 久保田 徹さん〜

クマ財団が支援する学生クリエイターたち。
彼らはどんなコンセプトやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。
今という時代に新たな表現でアプローチする彼らの想いをお届けします。

>>> 4期生のインタビューについての記事はこちらから。
4期生41名のインタビュー、始めます!

 

 

久保田 徹

1996年神奈川県生まれ。
慶應大学在学中の2014年よりロヒンギャ難民の取材を開始し、ドキュメンタリー制作を始める。
以降、「Al Jazeera English」「NHK World」「VICE」などでドキュメンタリーを制作。現在はロンドン芸術大学修士課程に在籍中。
OFFICIALSITE:https://torukubota.myportfolio.com/

https://kuma-foundation.org/student/toru-kubota/

 

 

イデオロギーではなく、被写体のありのままを伝える使命感

 

――これまで数々のロヒンギャ問題のドキュメンタリーを制作されてきましたが、今、ミャンマーで軍事クーデターが起きて大変な事態になっていますね。ロヒンギャの方々が気がかりですが、この問題についてはどう捉えていますか?

 

久保田 ロヒンギャの人たちは二重に大変ですよね。ただし、2011年にミャンマーが民主化したといっても制限付きの民主化で、ロヒンギャの人たちの状況はまったく良くなっていなかった。それがまた軍事政権に戻ろうとしているわけですけど、どんなことがあっても状況は変わらないという絶望感を持っている人が多いのが現実です。ロヒンギャの中にもいろんな考えの人がいて、今回の軍事クーデターに怒りを感じて非難している人もいれば、そもそもアウンサンスーチーを支持していなかった人もいるので、一言では語れないところがありますね。

 

――初ドキュメンタリー作品となった『Light up Rohingya』を観て、初めてロヒンギャの人たちの状況がわかり衝撃を受けました。撮影時から4年以上が経ちますが、当時の心境はどういったものでしたか?

 

久保田 2016年にミャンマーのラカイン州に入ることができて、ロヒンギャの人たちの居住地を見ることができたんですけど、難民キャンプというより収容所に近い印象で、言葉が出ない状況でしたね。ちょうど火事が起きて夢中で撮ってたんですけど、現場に入ってしまった以上、撮るしかないという心境でした。

それから気合を入れて編集してドキュメンタリーを作ったんですが、それを観た人から感想をもらったとき、初めて映像の力を実感しました。その直後に第1期のクマ財団の奨学生に受かって、そのタイミングで認めてもらえたことがすごくうれしかったですね。

「Light up Rohingya」より

 

――その頃からドキュメンタリー作家としてやっていこうと?

 

久保田 大学3年の頃でしたけど、正直そこまで自分に力があるとは思っていなくて、明確なキャリアは意識していなかったですね。でも、メディアの人間になりたいという気持ちはあったので、就職していた可能性もあったと思います。結局、就職しなかったのは、それを選んだというより、ロヒンギャ問題の活動をしているミャンマー人の活動家とバングラデシュを旅してドキュメンタリーを撮っていたので、途中で辞めるわけにもいかなかったんです。そういうことが積み重なって今に至ります。

 

――途中から使命感に変わっていったんでしょうか?

 

久保田 自分が撮影した人への使命感はあるけれど、正義を訴えたり、社会のあり方を啓蒙するような使命感とは違うかもしれない。僕は特定のイデオロギーは持っていないですが、もし政治的なメッセージが先にあったとしたら、被写体が素材みたいな扱いになって相手に対して失礼じゃないですか。被写体になってくれた人への倫理観みたいなものは持っていて、「撮ってしまった以上は、作らなければいけない」という使命感はあります。

 

――ドキュメンタリー制作は現地に何度も足を運んで人間関係を築いたり、撮影も編集も膨大な時間がかかると思うんです。自身の原動力はどういったものだと思いますか?

 

久保田 なんなんでしょうね。最近ふと思ったのは、僕は自由を奪われている存在がすごく嫌なんです。だから都会で飼われているペットを見ているだけで嫌な気持ちになる(苦笑)。自由がない状況がとにかく嫌だし、自分がそれをされるのも一番嫌いなことなんですね。

なぜそう感じるようになったかというと、僕は小中高と私立の学校に通っていて、子供の頃から満たされないものを感じていたからだと思います。特に小学校のときは、放課後、真っ直ぐ帰宅しなくてはいけなくて、外に遊びに行けないというのがすごく苦痛だったんですよね。

 

――そういう意味では、ロヒンギャの問題は自由を奪われた極限の状態ですよね。

 

久保田 そうですね。僕が私立の小学校で感じた生きづらさみたいなものとロヒンギャの問題を一緒くたにしてしまうのはあまりに傲慢だけど、本来、人間は自由であるべきだと思っています。

 

 

 

自分と被写体が重なり合った部分を、映像で彫刻していく

 

――あらためて、ドキュメンタリー制作においてどんなことに苦心していますか?

 

久保田 “どう描くか”ということが一番難しいところですね。現地に行くことは誰でもできるかもしれないけど、その人の訴えたいことをちゃんと理解して、それを表現できるステージを作ることが技術的に難しいところだと思います。

 

――表現できるステージというと?

 

久保田 たとえば『終わらないロックダウン』という作品で、移動と就労の自由が制限された在日クルド人を撮ったんですけど、彼はひたすら家でじっとしていて、太っただらしない人間に見せることもできるわけです。実際はそうではなく、いろいろ頑張った結果、どうにもできなくて鬱になり、過食症になって太っていて、そうなるまでの物語をどう構築していくか、どう演出して見せるかに技術を要します。作品では千葉と埼玉の県境にある橋をモチーフにその状況を表現したんですけど、本来、彼がその橋へ行くことは稀なので、相手を理解して、どうやってそうした演出まで辿り着けるかが一番難しい部分かもしれないですね。

 

――相手を深く理解するために意識していることはありますか?

 

久保田 僕がどこまでできているかはわからないですけど、言葉以上の観察力が必要になってくると思います。声の感じとか目の奥の感じでその人の本当に言いたいことがわかるときがあって、“本当の部分はなんだろう?”と考えながら時間をかけて見つめていく作業なんですよね。

たとえば、森友問題で命を絶った赤木俊夫さんの奥さんから「夫の遺物を捨てる前に、夫の部屋を撮ってほしい」と言われて撮影したとき、彼女が夫の古いノートを発見して談笑していたんですけど、ノートを棚に戻すとき、手の甲でそっと撫でるように戻したんですよね。編集のときにそれに気づいて、やっぱり彼女はそれを捨てたくないんだなって思いましたね。

 

――ニュースとは違うドキュメンタリーの役割とはどんなことだと思いますか?

 

久保田 ドキュメンタリーの役割は、実存を描くことだと思っていて、その人の分身を映像に彫刻していくようなものだと思います。たとえば複数の人が同じものを描いても、見る角度やその人の見え方によって絵が異なるじゃないですか。それと同じように僕という人間がいて、被写体と重なり合った部分を映像によって彫刻していく。その人の意見に賛成しろ、賛成すべきじゃないと考える以前に、その人が発しているリアリティというのは誰にも否定できないと思うんです。ドキュメンタリーの役割は、そういうことなんじゃないかなと思いますね。

 

――海外のさまざまな状況を見ることで、逆に外から日本が見えてくることもあると思うんです。今の日本社会に対して何か思うことはありますか?

 

久保田 コロナの影響で留学先のロンドンから帰国せざるをえくなって、それがきっかけで初めて自分の国と向き合えた気がします。日本人は世間的な共同体のみに生きている感じがしていて、そこには「自分はどう思うか」といった“個”が存在していない気がするんですね。

メディアにしても、一人称がどんどん抜け落ちていってる感じがします。報道記事や新聞の社説も署名記事がほとんどなくて、「○○だとされている」「○○という意見も多い」といった書き方で、誰が何を言っているのかまったく見えてこないですよね。僕はもっと人間は一人称でメッセージを発していくべきだと思うんです。だから自分が作るドキュメンタリーでも、その人の話でもあるし、僕が見た話でもあるというふうに、誰が何を言っているのかをもっとクリアにしていきたいと思っています。

 

――そのためにも個人のドキュメンタリー作家として活動していくつもりですか?

 

久保田 そうかもしれないですね。できるだけ何も背負いたくないというのがあって、フリーランスで生きていくのが一番理想ですけど、いろいろハードルがあって簡単ではないと思います。やれるだけのことをやっていくしかないですよね、きっと。

 

――本日はありがとうございました!

新型コロナウィルス感染防止のため、オンラインにて取材。

 

 

 

Text by 大寺明