インタビュー

活動支援生インタビュー Vol.29 石田 康平「別世界を想い、複数のリアリティを行き来する新たな空間論へ」

クマ財団では、プロジェクトベースの助成金「活動支援事業」を通じて多種多様な若手クリエイターへの継続支援・応援に努めています。このインタビューシリーズでは、その活動支援生がどんな想いやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。不透明な時代の中でも、実直に向き合う若きクリエイターの姿を伝えます。

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Kohei Ishida| 石田 康平

ヴァーチャル・リアリティと建築・都市の関係を研究する石田康平。当初はVR/MRを建築設計に活用する研究をしていたが、やがて別世界としての茶室や極楽浄土の概念といった「VR的なもの」が昔からあったことに着目するようになり、研究のフィールドはさらに広がっていった。なぜ人は今いる世界とは別の世界を想い求めるのか?そうした問いに対し、彼は「複数のリアリティを行き来する」ことの重要さを導き出した。そして先頃、東京大学大学院の博士論文として「夢における空間論」を発表。研究テーマの変遷を追うことで、彼のダイナミックな思考展開に迫る。

聞き手・書き手:大寺 明

VR研究から見えてくる“人間の原初の形”への興味

《バーチャルリノベーション:共鳴の渋谷》イメージパース

――建築デザイナーとしてVR/MRと建築の関係性について研究されていましたが、まずは建築という学問領域に進もうと思った経緯から教えてください。

石田:僕が在学していた東京大学では、1、2年次は教養学部で学び、3年次から専門課程に進むのですが、当初は物理工学部と建築学部で迷っていました。

なぜ建築に惹かれたかというと、学部1年生のときに「建築をどう読み解くか」といった授業があって、それが自分にハマったんですね。どちらの専門課程に進むかで迷っていたとき、友人から「建築の方が向いている」と言われたこともあって建築を選びました。

――建築のどういったところにハマったのですか?

石田:答えがないところですね。

その建築の授業は、建築についてディスカッションし、それをTwitterのように140字以内でレポートにまとめるというものでした。一般的な試験問題のように答えが決まっているわけではなく、さまざまなレポートが考えられるわけですが、その際の切り口を設定することが僕は得意でした。建築は工学的な要素もありますが、主体的に建築を読み解き、答えがない領域に入っていくような感覚が、すごく楽しく思えたんです。

――当初は自動運転やVR/MRを研究されていたようですが、社会を変える可能性を持ったテクノロジーについては、どんな考えを持っていますか?

石田:僕の修士の時の師匠にあたるのが千葉学先生という建築家なのですが、千葉先生の時代は、磯崎新や丹下健三といった名だたる建築家がいて、今以上に、建築の存在感も非常に大きな時代だったのではないかと思うんです。

それに対して僕らの時代は、スマホもあればVRもあれば、AIもあるといった時代で他にもいろんなインパクトのある領域が数多く興隆してきた時代です。僕たちの世代にとって、ある社会問題を解決したいというとき、建築でなくても、スマホやシステムで解決できるなら、それでいいというフラットな感覚が常にあると思います。もちろん建築に軸足を置きたいと思っていますが、さまざまな解決策がある中のひとつであって、VRもスマホも建築も等価に捉えています。

建築家のハンス・ホラインが「すべては建築である」と語っています。たとえば頭痛がするという問題があったとき、建物の空調設備を整えてもいいですが、頭痛薬で治るならそれでもいい。それもまた建築的な行為というわけです。少し前のテーゼですが、むしろ今の時代にこそ重要なテーゼだと思っています。

――石田さんの論文を読んで哲学的な印象を受けるのも納得できる気がしました。VR/MRや自動運転に着目することから、どんなふうに思考を展開しているのでしょうか?

石田:テクノロジーによって世界が広がるといった可能性についてはあまり興味がなく、むしろテクノロジーによって明らかになるのは、人間の原初の形だと考えています。

VR研究の世界でも、新しい世界を創って世の中を便利にしていこう、といった研究は実はそれほど多くはなく、VRで太ったアバターを使うと、手の動きがスローモーションになるといった研究であったり、アインシュタインのアバターを使うと、問題の処理能力が向上するといった研究がされていたりするんですよね。テクノロジーは鏡のようなもので、それを補助線にして人間を問い直すという研究のほうが多いように思います。

僕も同様にテクノロジーに目を向けることで、人間の身体とは何か?心とは何か?空間とは何か?といったことを問い直すことに興味があるのだと思います。

――「KUMA EXHIBITION 2019」に出展した「バーチャルリノベーション:共鳴の渋谷」では、スマートグラスによるMRを用いた建築模型を発表されましたが、あの作品ではどんなことを試みましたか?

KUMA EXHIBITION 2019にて《バーチャルリノベーション:共鳴の渋谷》

石田:スマートグラスを通して街に壁が見えたとしたら、物理的に壁が存在しなくても、それは建築の一部だと考えました。実はあのときの設計のポイントは“勾配”なんです。スマートグラスを付けた状態で、周囲に飛ぶ壁や踊る壁といったオブジェクトが動いていると、自分がどこに居るのかわからなくなるものです。しかし、勾配があると、かなり視覚情報が変わっても体のバランスによって方向がわかります。要は全身で感じる空間情報として、あえて勾配をつけているんですね。ヴァーチャルな空間に目を向けることで、物理空間のポイントがどこにあるかがはっきりしてくるわけです。

――その後の修士論文は、どんな研究テーマだったのでしょうか?

石田:「VRおよびMRを通した空間の経験が設計プロセスに与える影響」という研究テーマでした。実はその前にスランプに陥ってしまって、クリエイションすることに嫌気がさしていた時期もあったのですが、修士論文が大学院の建築学専攻長賞を受賞できたことで、「自分は研究に向いているのかもしれない」と思い、少し持ち直すことができたんです。

しかし、今思えば、「VR/MRをとりあえず使ってみた」というありがちな論文を書いてしまった気がして反省しています。

――過去の反省が、新たな視点の創造につながっていくものだと思いますが、そこからどう論考を深めていったのでしょうか?

石田:VRという概念は決して新しいものではなく、昔からそれに近い概念があったのではないかと考えました。たとえば別世界としての茶室や極楽浄土の概念です。昔からさまざまなVRの類型があり、それを現代の技術によって作り出したものがVRだとしたら、リアリティを複数化する手段は他にもあるはずです。逆に未来の手段で考えたとき、それはVRではなく、脳内チップによる電気信号かもしれないし、薬かもしれない。

この頃から「複数のリアリティを行き来する」という研究テーマを掲げるようになり、そのためにはどういった空間論が求められるかを考えるようになりました。

「新建築 2021年10月号」にて掲載

――新建築社主催の「新建築論考コンペティション2021」で一等に選ばれていますが、「コロナの時代の私たちと建築」という課題に対し、どんな論考を展開しましたか?

石田:ちょうど博士課程に入ってがんばろうと思っていた矢先にコロナ禍となり、しかも今後は自分で生活費と研究費を稼いでいかなければいけない状況になり、精神的に追い詰められていました。そうした状況の中で、コロナ禍でしかできない研究をやろうと考え、コロナ禍における空間利用をリサーチしていました。そんなとき、このコンペを知り、リサーチした資料をもとに論考を書いてみることにしたんです。

それに加え、「複数のリアリティを行き来する」という研究テーマを入れて書いていくうちに、自粛生活における、うつの問題がテーマになっていきました。

――非常に興味深く拝読しました。自粛生活で部屋に篭もることを余儀なくされ、多くの人が鬱々とした日々を過ごしていたと思います。そこで人はさまざまな工夫をして閉鎖空間の息苦しさを緩和しようとするわけですが、それが最終的に夢の論考へとつながっていきます。これはどう考えればいいでしょうか?

石田:いわゆる夢というと、寝ている間に見る幻影といった捉え方ですよね。しかしそれは近代的な概念であって、昔に遡ると、夢で見た世界は本当にどこかにある別世界だと思われていた時代があるんです。

昔の人は、現の世界は自分の体を介した世界であり、夢の世界は魂を介して入っていく神仏の世界だと考えていました。そのため夢の中のお告げは、現実に起きたこととして受け止められていたのです。当時は両方ともリアルなものであり、夢と現実の相互作用によって当時の人々の意識ができていたんです。

VRの生みの親とされるジャロン・ラニアーもまた「共有される夢」という意味を込めて「ヴァーチャル・リアリティ」という言葉を考案したといいます。つまり当初からVRの概念には夢のイメージがあったんですね。

――夢を見ている間は、それを現実のように感じるわけですから、夢は究極のVRなのかもしれませんね。なぜコロナ禍において夢が重要だと考えたのでしょうか?

石田:昔の人にとって、なぜ夢の世界が重要だったかというと、社会が閉じていたからだと思います。狭い世の中に窮屈さを感じる人々が、それとは別のリアリティを求めたのが、夢における宗教世界だったのではないか。それが現代に入ると、世界中に別のリアリティが広がっていることが認識されるようになり、わざわざ夢の世界を想う必要もなくなりました。

ところが、コロナ禍になったことで世界の広がりが再び閉じてしまった。そのため今の状況とは異なる複数のリアリティを行き来することが大事になってきます。その手段としてVRを論じてもよかったのですが、あえて違う位相で書きたいと考え、夢について論じています。

昔からある「VR的なもの」から空間を考える

《能面をつけて8人が暮らす集合住宅》参考写真

――石田さんの論考は視点がとても斬新です。ダイワハウス主催の「電気を使わない家」という課題の設計コンペで優秀賞を受賞されていますが、「能面をつけて8人が暮らす集合住宅」の提案で、こちらも斬新な切り口の作品でしたね。

石田:あの作品を考えていたのが夏だったのですが、電気を使えないということは換気扇やエアコンも使えないわけですから、人が家に篭もれるのも電気のおかげだと気づいたんです。電気が使えないと、自ずと外に出て共同生活をしなければいけない。そこで問題になるのがプライバシーだと考えました。

電気とプライバシーの関係を考えていたとき、イタリアの修道院のトイレの話を思い出したんです。そのトイレには仕切りもなければ男女の区別もなく、ただ入口に仮面が置いてあるそうです。仮面をつけることによって個人が判別されなくなり、恥ずかしさも感じないというわけです。そこから能のお面をつけて共同生活を送るというテーマに至ったんですね。

また、最近の研究では「Select Your Lifestyle」という新しい研究発表ツールに携わりました。研究発表のセレクトショップというコンセプトなんですが、布にスマホをかざすとARで研究成果が立体的に見えるという作品です。それについて論文を書いていますね。

――今年1月末に博士論文を書き上げたばかりとのですが、こちらはどんな研究テーマなのでしょうか?

石田:「夢における空間論」という研究テーマなのですが、「待像=Waiting Reality」という概念について書いています。これは僕のオリジナルの概念で、たとえば絵画があった場合、絵画そのものは「実像」、それを見ていろいろ考えることが「想像」、そして絵画に奥行きが見えて別世界が広がっているように感じられたら、それは「待像」です。HMDの場合、映像を目の前で映すことで三次元空間のように見えますよね。「存在しないが存在するように感じられるリアリティ」が待像です。

「実像・想像・待像」の関係性を規定したとき、茶室や極楽浄土、あるいは映画館などのVR的なものが、どういったメカニズムで生み出されるのかを考察し、建築という物質的なものとの関係性を研究しました。

博士論文でも待像の事例として能を扱っているのですが、能は幻視を経験する演劇とも言われています。見る人によっては白黒反転して見えたり、違う景色が見えたと話す人もいて、それこそ待像だと考えました。能については、今後も研究していきたいと思っています。

――VR、夢、能など本当に研究対象が幅広いですね。現在はどんな研究をしていますか?また、今後研究したいテーマは?

石田:今は、スタジアムとXRについて研究しています。スタジアムの起源を遡ると、その本質は「Void(空白)」にあると考えました。祝祭空間というのは、普段入れない場所に特殊なタイミングだけ入れることによって祝祭性が生まれます。つまりスタジアムは、都市におけるVoidの空間であることが大事なのだという視点で研究しています。

『WIRED』日本版 VOL.41にて掲載

テーマは幅広いようですが、実際のところ僕の中では「複数のリアリティを考える」というテーマの中で通底していて、ひとつの同じ問題系を考えているような感覚があります。

今後、研究したいテーマは3つあります。ひとつは「香りと空間」、もうひとつは「発酵と空間」、そして「伊勢神宮とディープラーニング」です。どれも非常に面白いテーマなのですが、話し出すと止まらなくなるので、ここでは触れずにおきます。

いろんな切り口からリアリティについての問題を眺めてみることによって対象を多面的に理解でき、それぞれの理解が自分の中で発酵していくような感覚があって、それも研究の面白いところだなと思っています。

――そうした研究を通して、どんなふうに社会にアプローチしていきたいと思いますか?

石田:これは昔から考えていることですが、今までなかったような新種の建築空間を作りたいと思っています。これまでテクノロジーと建築の関係を研究することが多かったですが、その本質は「新種の建築を作りたい」ということなんだと思います。どんな概念にもなかった新種の建築空間における新たなリアリティを考えたいという欲求がありますね。

――どんな新たな空間を体験できるのか楽しみにしています。本日はありがとうございました。

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