インタビュー

活動支援生インタビュー Vol.43 袁 方洲さん「人工と自然の偶発的な関係を観察すること」

クマ財団では、プロジェクトベースの助成金「活動支援事業」を通じて多種多様な若手クリエイターへの継続支援・応援に努めています。このインタビューシリーズでは、その活動支援生がどんな想いやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。不透明な時代の中でも、実直に向き合う若きクリエイターの姿を伝えます。

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YUAN FANGZHOU | 袁 方洲

個展「くろの結界 The boundary of black」展示風景 クマ財団ギャラリー 2023

中国遼寧省に生まれ、現在東京藝術大学大学院博士課程に在籍し、「人工と自然」をテーマに活動するアーティスト・袁 方洲。キルンワークという冷えたガラスを型に入れ、電気炉を用いて加熱、成形する技法を用いて作品を制作する。また、ガラスに発泡剤をまぜ、内部に気泡を発生させることで生成される発泡ガラスを用いて独自の表現を模索している。

今回は、2023年8月7日(月)までクマ財団ギャラリーで開催されていた個展「くろの結界 The boundary of black」を拝見し、インタビューを実施。彼のこれまでの沿革と、展示された作品を起点に彼の作品の魅力と制作の姿勢について紐解いて行く。

聞き手: 三宅敦大

「偶然」がもたらす出会いを楽しむ

中間体X V(部分) ガラス W59cm H58cm D67cm 2022

——ガラスという素材に出会ったきっかけはなんでしょうか。

袁:私は自分の手で何か物を作りたい、もので表現をしたいと思って美術大学の工芸科に進学をしました。工芸科には染色とガラス専攻の2つのコースがあり、なんとなく染色は自分のやりたいこととは違う気がしたのでガラス専攻を選びました。だから、ガラス工芸がやりたいと思ってそのコースを目指したのではなく、偶然ガラスに出会ったような形です。

——大学ではどのようなことを学んだり、どのような作品を制作していたんですか?

袁:授業は基本的に基礎技能を身につけるようなもので、それ以外の時間では自分の制作や研究をやらせてもらえました。他にも木彫などを学ぶ機会もありました。もともと造形表現がしたかったから美術大学へ進学したという経緯もあったので、彫刻科への転科も少し考えていたのですが、ちょうどそのころにガラスという素材に慣れてきて、自分のやりたい表現などができるようになってきたので、結局転科はしませんでした。
 木彫はかなり自分の思い通りに造形ができるなと思ったのですが、ガラスはそうはいきません。熱の入れ方や冷やし方、素材の配合などによって、気をつけていてもアンコントローラブルな部分が生まれてしまいます。私としては、そういった自分が思いもよらないことが制作の中で起こることを大事にしたいとも思っています。
 私が作品に使用している発泡ガラスにもそのような要素があります。ガラスはもともと形成の過程で多少発泡が起こるのですが、普通のガラス工芸では、気泡がガラス内に入らないように気をつけます。ですが、私はガラスで大きなものを作るためには内部に空気を入れた方が体積も大きくなるし、軽くなるため扱いやすいと思ったんです。それで敢えて発泡剤を足して、発泡ガラスを作ったんです。
 私が所属していたのは工芸科だったので、ガラス工芸をやりたい人が多かったです。だから多くの人はいわゆるガラス工芸品を基礎として、ガラスという素材にしかできない表現や創作を追及していました。
 でも私はそういったことにはあまり興味がありませんでした。

——何かを作りたいという想いが先にあり、たまたまガラスという素材に出会ったからこそ、制作において素材の利活用よりもやりたい表現が先行しているということですね。

袁:そうです。私は、日々の生活の中で見たものや感じたことの情景や、人工と自然などをテーマに制作をしています。それを何で表現するかということはあまり重要ではありません。絵画でも、立体でも、映像でも、インスタレーションでもいいんです。ですから、今はたまたまガラスを使っていますが、素材が変わる日が来るかもしれません。私は「ガラス作家」ではなく、ガラスを使って作品を作っている「アーティスト」でありたいと思っています。

——これまでおよそ10年間、ガラスで作品を作り続けてきたわけですが、自身の制作のテーマや、表現したいものとの関係において、改めてガラスという素材についてどう思いますか。

袁:先ほども述べたように私は人工と自然ということについて作品を作っています。このテーマに対してガラスというのは非常にふさわしい素材だと思っています。
 例えばプラスチックは、石油という自然のものからできた人工物ですが、自然界にプラスチックのようなものはありません。ですからプラスチック自体は人工物であると言えると思います。一方で、ガラスは人工的に作られていますが、水晶という自然物によく似ています。実際、水晶とガラスは結晶化しているかどうかの違いはありますが、その成分はほとんど同じです。ですから、ガラスは人工物でありながら、自然物にも近く、それらの中間的な存在でもあると考えています。

人工と自然の間で

中間体X(部分) ガラス W24cm H24cm D25cm 2021

——人工と自然の中間的な存在であるという点について、《中間体》という作品のシリーズがありますよね。素材としての中間性ということはもちろんのこと、作品においてはどのように表現されているのでしょうか。

袁:「中間体」という言葉は化学分野では「目的とする化学反応の途中に生じる化合物」を意味します。
このシリーズは、冷えたガラスを電気炉に入れ、加熱してガラスを成形するキルンワークという技法で制作しています。
 発泡剤を混ぜたガラスは高温で加熱すると膨張していきます。この過程で、温度を制御することによって形をコントロールするのですが、ガラスの膨張や収縮の具合や、重力なども影響するため、完全にはコントロールができません。そのため、人工的な意図や操作と、自然の力の2つの間で形成された中間体に近いと考えます。
 ですが、先ほども述べたように私はこのアンコントローラブルな要素を楽しんでいる部分もあります。例えば《中間体》だけでなく《雲》のシリーズもそうなのですが、四角形の型に入れたにも関わらず、発泡が進み過ぎて、型を破ってガラスが溢れ出てくることがあります。これらは決して意図した部分ではありませんが、人工の型と、空気の膨張という自然のエネルギーのせめぎ合いを見てとることができます。

雲体(部分) ガラス W32cm H35cm D57cm 2022

——《雲》のシリーズでは白いガラスを使っていますが、《中間体》のシリーズでは黒いガラスを使っていますよね。この色の違いには、どんなこだわりがあるのでしょうか。

袁:「人工と自然」という大きなテーマは変わっていないのですが、《雲》のシリーズは自分の目に見えないもの、触れられないものを作品化するということもテーマにしていました。見えているけど、近くでは見られなかったり、形があるけど、捉えられない自然現象である雲を発泡ガラスを用いて作ろうとしていたんです。その際、白の方が雲らしいということと、輪郭の曖昧さという点においても白のガラスの方が良いと判断しました。
《中間体》のシリーズをはじめとし、黒いガラスで私が作っているものはちゃんとフォルムを見せたいと思っている作品たちです。私の作品は石膏型にガラスを入れて膨張させていくため、型をはがす時に割れてしまうこともあります。割れるというのはガラスの一つの性質でもあるため、割れてしまうこと自体は決して失敗ではないのですが、そこで生まれる形を作品の一部として見せるためには、ギャラリーなどの白を基調とする展示空間で輪郭線が明確になる黒の方が良いと思っています。

The ground on the ground GY-1 ガラス W441cm H8cm D158cm 2023

——「くろの結界 The boundary of black」(2023年 8月3日(木)〜8月7日(月)/クマ財団ギャラリー)に展示されていた《The ground on the ground GY-1》(2023)についてはどうでしょう。この作品を含め、近作では、黒いガラスの表面に白い石膏がついており、黒いガラスが強調されているように見えますが、作品のイメージとしては黒というよりも白、あるいはグレーのようにも見えます。

袁:表面についている石膏は、石膏型から外した際に残ってしまったものです。これまで、黒いガラスで制作したものは、表面の石膏を綺麗に落としていました。ですがある時、白があることでより黒い部分や割れている感じが強調されることに気がつきました。また、この作品はタイルの床のようなイメージで作っていたのですが、普段、床のしたというのは見えませんよね。このように見えていない部分と表面の見えている部分の対比という意味でも、石膏が表面を覆っているのは都合が良かったんです。

——白いタイルの床が割れたというイメージは、人工的な空間が時間なのか、人為的なものなのか、あるいは自然災害によって荒廃し、自然に還っていくまさにその過程であるような印象も受けます。

袁:確かにそうですね。人工的なものと自然との中間の一つの形と言えるかもしれません。
この石膏は、私にとって地面に降り積もった雪だったり、廃墟の床に溜まった埃などの粉塵のようなイメージでもあります。人工的な「床」と自然現象としての雪や埃が1つの風景として作品の中で共存しているんです。
 また、この作品は結果として石膏部分も含めて展示をしていますが、作品の本体というのはあくまで黒いガラスの部分です。だから、この作品も私にとって黒い作品です。ただ、表現として、石膏部分とそれが切り離せるわけでもないので、全体で作品だと言うしかなく、ちょっとしたジレンマを抱える作品でもあります。

作品と空間の曖昧な境界をなぞる

The ground on the ground GY-1(部分) ガラス W441cm H8cm D158cm 2023

——黒いガラスが作品の本体であるが、全体で作品でもあるというのは、つまり石膏部分は作品そのものではないということでしょうか。

袁:ちょっとこの点は私の中でも整理できていないんです。
私が造形している部分というのは黒いガラスの部分だけです。石膏部分というのはそこに付随してきたいわば偶然の産物で、彫刻の表面を保護する薬品の層であったり、絵画をプロテクトするニスの層、あるいはそれらの表層に積もる見えない埃の層のようなものだと思っています。それらは作品そのものではありませんが、作品と分離することはできません。

——作品とは何か、どこまでが作品かという問題ですね。彫刻作品はそれ自体が作品ですが、空間の中に展示される以上、空間との関係を否定することはできません。だから空間全体を作品と捉えるインスタレーションとしての性質も持つ。そこに差があるとしたら作家の意図が作品内に留まっているか、あるいは空間全体に及んでいるかということでしょうか。

袁:確かにそうですね。その意味では私の意識は作品のみに向いています。ですがその外部にあるものについても意識しているということかと思います。もし既存の彫刻が空間を作品の外部として捉えているとしたら、私の作品における石膏などの作品の表面を覆う層というのは作品と外部をつなぐ媒介でもあるように思います。この点においてはこの石膏もまた中間体と言えるかもしれません。

これからの制作に向けて

The mist1-2 キャンバスに油彩、ガラス W112cm H145cm 2023

——最近は平面作品も制作されているようですが、これはどのような意図があるのでしょうか。

袁:平面作品は画面に油彩の顔料を塗布し、そこにガラスの粉を散布し、裏から叩いて粉を落として描いています。元々は抽象的なイメージを描いていました。その時は、表面の質感など、どちらかというと彫刻的なニュアンスが強かったのですが、最近は霧の中の風景を意識しています。彫刻作品を作っていると、どうしてもその表面の質感や、フォルムのことに目がいってしまいますが、私は風景や情景を表現したいと思っています。そのため絵画でもそうした姿勢へと移行しているわけです。
 私はガラス作家ではないので、絵画だけでなくこれから色々な表現に挑戦していきたいと思っています。

——次にやりたいと思っていることや、作りたいと思っている作品はありますか。

袁:私はこれまで自身の中にあるイメージや情景を作品にしてきましたが、少しこれまでとは異なる作品にチャレンジしたいなと思っています。例えば、発泡ガラスの技法を用いて、長さ2mくらいの机と、椅子を作りたいなと思っています。これはダ・ヴィンチの《最後の晩餐》を参照しています。有名なイメージというのは、実際には見たことがない人がほとんどであるにも関わらず、多くの人が知っています。こうした実在するイメージはそれぞれの人の頭の中で、普段の食卓やレストランでの食事風景などと合わさり、多少改変され、記憶されていると思います。そうした人々の頭の中にあるイメージ、情景を刺激するような作品を作りたいと考えています。
 私にとって制作は、何か特別な行為というよりも日常生活の一部なので、作品もそうしたものであって欲しいと思っています。ですから、非常に特別なシーンでありながらも、食卓という日常の生活の一部分と繋がっている《最後の晩餐》を題材に選んでいます。

——袁さんにとっては、生活の中で気になったものを形にする方法が作品だったということですよね。

袁:その通りです。風景や人、生き物などを観察するのが好きなのですが、そこで見たものや感じたことを残すために結果として作品を制作しているというのが正しいかもしれません。人によっては、それはスケッチをすることかもしれませんし、ミュージシャンならそれは曲を描くことや歌うことかもしれません。もっと言うなら、それらを家族に面白おかしく話すことも、制作と近いものだと思っています。

——袁さんの作品のテーマは人工と自然という非常に壮大なものですが、それらもまた身近なものの中から感じとっているということですね。本日は本当に色々な話をありがとうございます。これからの活躍も楽しみにしています。


袁 方洲(Fangzhou Yuan
中国遼寧省生まれ。2018年清華大学美術学部工芸専攻を卒業後来日。現在、東京藝術大学大学院工芸科博士後期課程に在籍し、茨城を拠点に活動している。中国や日本だけに留まらず、アメリカ、韓国、ヨーロッパなどグローバルに作品発表を続けている。人・物・自然の関係性に着目し、ポスト・ミニマリズムや仏教などの東洋思想に影響された自身の哲学に基づき、ガラス素材を中心に、立体、絵画、映像など複数のメディアと技法を交錯させる作品を展開している。

公式サイト | https://www.yuanfangzhou.com
Instagram | https://instagram.com/yuan_fangzhou

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