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活動支援生インタビュー Vol.10 宇都宮 琴音 「コロナ禍で失われた“日常”をテーマとした絵本」

クマ財団では、プロジェクトベースの助成金「活動支援事業」を通じて多種多様な若手クリエイターへの継続支援・応援に努めています。このインタビューシリーズでは、その活動支援生がどんな想いやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。不透明な時代の中でも、実直に向き合う若きクリエイターの姿を伝えます。

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>活動支援生インタビュー、はじめます!


Kotone Utsunomiya | 宇都宮 琴音

​Photo by Kanako Shokuda

「絵本を作りたい」という思いでチェコのプラハ工芸美術大学に留学し、昨年9月に帰国した宇都宮琴音。絵本の本場であるチェコで3年間を過ごしたが、同時期にコロナ禍に見舞われ、日常生活も創作もままならない日々が続いた。しかし、コロナ禍で感じた気づきをモチーフに当初の目的どおり絵本を完成させた。チェコで制作した『とこしえの物語』は、5月20日(金)からクマ財団ギャラリーのグループ展において日本で初めて展示される。チェコという異国の地におけるコロナ禍で、彼女はどんなイマジネーションを広げただろうか。現在はイラストレーター・絵本作家として活躍する宇都宮に『とこしえの物語』の創作背景とイマジネーションの源泉について話を伺った。

インタビュアー・ライター:大寺 明

チェコ留学中にコロナ禍で感じたことを絵本に

――多摩美術大学でテキスタイルを学んだ後、「絵本を作りたい」という思いで絵本やアニメーションの本場であるチェコのプラハ工芸美術大学に留学されたそうですが、絵本づくりに惹かれる原点のようなものがあるんですか?

宇都宮:私は物心つく頃から絵本が大好きで、ただ読むだけじゃなく、自分で物語を考えて絵本を作っていたんですね。半分に折ったコピー用紙を重ねて本にしていたのですが、親が言うには作るのがすごく早くて、1日に何冊も作っていたそうです(笑)。
絵本は絵が大きく載っていて、そこに文章が付いて物語がある。ちっちゃい頃から物語の世界に入っていく感覚がすごく好きで、絵本作家になりたいという思いはずっと持っていました。

――チェコ留学中にコロナ禍になってしまって大変でしたね。卒業制作では、コロナ禍で感じたことをモチーフに『とこしえの物語』という絵本を作ったということですが、制作の背景とテーマを教えてください。

宇都宮:コロナ禍で急に学校が閉校になって、街もロックダウンになってお店もほとんど閉まってしまい、全てがガラリと変わってしまいました。1週間くらいで終わるかなと思っていたんですけど、ぜんぜんそんなことはなく、それがいつまで続くかもわからない。こんなことが起きるなんてまったく想像していませんでした。
そんな苦しい状況にいたとき、これまで当たり前のように続いていくものだと思っていた日常が、実はそうではなかったことに気づかされたんです。そのとき感じた恐怖感を絵本にぶつけようと思ったのが、『とこしえの物語』を作ったきっかけでした。そのため『とこしえの物語』では、時間や永遠、“繰り返し続いていく”といったことをテーマにしています。

――時間や永遠を表現しようとした絵本とは、どんな物語なんでしょう?

宇都宮:物語というより詩に近いです。目に見えないものを可視化させてみたいというのがあって、人が生きていく時間の流れみたいなものを絵本で表現しようと思いました。
多摩美術大学でテキスタイルを学んでいたとき、模様を制作する授業があったんですね。そのとき教授から「模様は永遠にリピートできる」といったことを教えてもらって、そのことが私の中で刺さっていたんですね。チェコで時間や永遠をテーマに絵本を作ろうと考えたとき、模様のリピート性が表現に合っているように思いました。日常の中でもリピートされるものがたくさんあると感じていて、全てのものがリピートされ、全てのものにリズムがある。そうした感覚を絵本で表現することに挑戦しました。

――当たり前のように続いていくと思っていた日常が失われる恐怖感がモチーフだとしたら、そこにどういったメッセージを込めようとしましたか?

宇都宮:朝が来て昼が来て夜が来て、そしてまた朝が来る。コロナ禍で日常が奪われてしまったとき、それすらもわからなくなってしまいそうな感覚があったんです。もしかしたら明日の朝は来ないかもしれないけど、私たちの鼓動は永遠に続いていってほしい。そんな恐怖感の中に希望を見出そうとした感じです。
あらためて振り返ると、コロナによって大学が閉校になって学費も無駄になり、時間も奪われ、友達にも家族にも会えないという絶望感の中で、本当に苦しい思いをしました。コロナの渦中にあるときは必死でわからなかったですけど、全てが奪われ何もない状況だからこそ、感覚が研ぎ澄まされていたように思うんです。そう考えると、ある意味、すごく贅沢な経験をさせてもらったように思いますね。

――制作においては、どんなところにこだわりましたか?

宇都宮:ようやく大学の施設が使えるようになったので、自分の好きな技法で絵本を創ろうと思い、シルクスクリーンで印刷することにしました。シルクスクリーンは赤、青、黄色というふうに一版ずつ色分けしなければいけないのですが、私は手作業を大切にしているので、それを全て自分の手でやりたかったんです。
シルクスクリーンは、インクを自分で選ぶことができるので、赤、青、黄色といった色を使うにしても、原画に近い色を選ぶことができます。色と色を重ねて別の色を作るといった色遊びができるというのもありますし、インクの発色がいいので色のクオリティも高くなります。だからこそ、一色一色に対する思い入れも強くなります。シルクスクリーンも機械ではあるんですけど、自分の手で版分けの作業をしたり、自分で色を作ったりできるので、原画との距離が近くなるように思うんです。

自分が感じてきたことの蓄積を、表出させる行為

――宇都宮さんの絵は、子どもが自由奔放に描いたようなイメージがあって、意図的に描けるような気がしないという不思議な印象があります。宇都宮さんのイマジネーションの源泉について聞かせてください。

宇都宮:私にとって絵を描くということは、自分がこれまで経験したことや感じたことが蓄積され、内側に世界ができて、それをアウトプットしているという感覚です。子どもの頃、たくさん絵本を作っていたという話をしましたけど、その頃に比べたらイマジネーションは落ちているように感じます。
例えて言うなら、海の底に素敵な貝殻があって、海に潜っているときが白紙の紙を見つめている状態。貝殻を拾って海から上がろうとしているときが絵を描いている状態で、海から貝殻を出したときが絵を描き上げた状態です。子どもの頃、たくさん絵を描けたのは、そこまで深く潜らなくてもいい浅瀬で、海が透き通っていたんですよね。ちっちゃい頃って誰かに評価されたいとか嫌われたくないといった理性があまり発達してないからこそ、迷いなく自由な感覚で描けたと思うんです。私はそうした子どもの絵をすごく尊敬しているんですね。

――大人になるにつれ、いろんなことを考えすぎて海が濁ってくるんでしょうね。僕なんて貝殻がどこにあるかも見えなくなっていそうです(笑)。

宇都宮:そうなんです。成長していろんな経験をすることで、ちょっと濁ることがある(笑)。メディテーションじゃないですけど、私の中で絵を描くってそういうことなのかなって思っていますね。

――クマ財団ギャラリーで開催されるグループ展に『とこしえの物語』を出展されますが、あらためて作品への想いとグループ展の抱負を聞かせてください。

宇都宮:『とこしえの物語』は一冊一冊、自分で紙を折って製本し、78冊全てに携わっているので、すごく思い入れがあります。私は自分の全ての作品に思い入れがありますが、『とこしえの物語』はコロナ禍の苦しいときに心の支えになった本なので、特に思い入れが強いです。そしてこの絵本は、THE MOST BEAUTIFUL CZECH BOOKS OF THE YEAR 2021 (チェコの最も美しい本2021)にノミネートしていただきました。絵本文化の素晴らしい国で評価していただけて本当に光栄に思います。
なので、チェコでは何度か発表できる機会があったんですけど、日本では初めての展示になるので、いろんな方に観ていただきたいと思っています。今はコロナも少し落ち着いてきましたけど、日常が失われることの恐怖感や希望の願いを込めて作った作品なので、共感していただいたり、誰かが読んでちょっと心が落ち着いたりしてもらえるとうれしいですね。

クマ財団ギャラリー【はじまり Part2】展示風景

――帰国から数カ月を経たわけですが、あらためて絵本の本場であるチェコの感想と創作面の影響はどんな感じですか?

宇都宮:チェコ人は他人の目を気にせず、飾らない気質の人が多いように思います。媚びを売るといったことがないので、店員さんもまったくサービス精神が感じられなくて、日本人とはぜんぜん違う国民性にショックを受けました。正直なところ、環境が合わなくて精神的にキツさを感じることも多かったんですけど、絵本や芸術の文化に関しては、歴史的にもすごく豊かなものがあるので、そこで学べたことは本当に良い経験だったと思います。
そうしたチェコ人の国民性が、素晴らしい絵本の文化に結びついているように思います。チェコの絵本には、子ども向けの絵本だから可愛らしい世界観じゃないといけないといった概念がなくて、すごく毒々しい表現があったりします。個人主義の国民性だからこそ、自分が作りたいものを自由に作ることができる文化が育まれたのだと思いますね。
私自身はチェコに強く影響を受けたという実感はないですが、帰国後、私の作品を観た人から「チェコに行って良かったね」と言われることがあるので、無意識のうちにチェコの文化に影響されているのかもしれないですね。

――今はチェコの経験を活かしつつ、新たな表現を模索している最中だと思いますが、今後はどういった作品制作を目指していますか?

宇都宮:多摩美でテキスタイルを学んでいたとき、蝋纈染めという技法で作品を創っていました。かなりのスペースが必要で簡単にできる技法ではないので、チェコに行ってからはやらずに来てしまったんですけど、また再開したいと思っています。
『とこしえの物語』では時間や永遠といった大きなテーマに挑戦したわけですけど、一冊の絵本で完結するのではなく、今も同じテーマで絵を描いています。今度は蝋纈染めの技法を使って、時間や永遠をテーマとした大型絵画に挑戦してみたいですね。
蝋纈染め以外にも日本の伝統的な染色技法をリサーチしてみたいという気持ちがあります。チェコに行ったことであらためて日本の良さを実感したことや、多摩美で伝統的な技法や手作業の大切さを学んできたこともあり、何か日本の伝統技法に貢献できることはないかと思っています。
チェコの絵本でMiroslav Sasekの『This is …』というシリーズがあって、This isの後には「Tokyo」や「Paris」といった地名が入り、絵本で国や都市を紹介する観光本になっているんです。Miroslav Sasek 以外の絵本作家も何名かThis is シリーズを出しているのですが、いつか私の絵で東京や日本を紹介したいと思っていて、そのとき日本の伝統技法を使って制作できたらいいなって思っていますね。

――最後に、近々の活動予定を教えてください。

宇都宮:クマ財団ギャラリーのグループ展の後は、9月5日から10日東京のピンポイントギャラリーで個展「とこしえの物語展」を開催します。絵本作家さんがよく展示されているギャラリーなんですが、ぜひ個展にも来てください。

――今後の活動も楽しみにしてます! 本日はありがとうございました!

【お知らせ】
クマ財団は、2022年4月28(木)にクマ財団ギャラリーをオープンいたしました。
ギャラリーオープンを記念し、「グループ展/はじまり」を開催中です。
宇都宮 琴音も出展しております。ぜひ、新たな活動の「はじまり」をご覧ください。
■特設サイト:https://kuma-foundation.org/gallery/

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