インタビュー

活動支援生インタビュー Vol.48 乾 真裕子 クィア・リーディングとアート、そのたゆまぬ実践をめぐって

クマ財団では、プロジェクトベースの助成金「活動支援事業」を通じて多種多様な若手クリエイターへの継続支援・応援に努めています。このインタビューシリーズでは、その活動支援生がどんな想いやメッセージを持って創作活動に打ち込んでいるのか。不透明な時代の中でも、実直に向き合う若きクリエイターの姿を伝えます。

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Mayuko Inui | 乾 真裕子

美術の外側とつながるために

EUKARYOTE(ユーカリオ)で開催された「玉繭」展は、東京藝術大学在学時から複数の展覧会に参加し、注目を集める新進アーティスト・乾真裕子の初個展であった。過去作品と最新作が一堂に会した本展は、三階建ての会場を活用し、各階ごとに綿密に構成されていた。外光が入る一階には、写真と映像を含む新作《Queertures》シリーズが並んだ。二階には過去作《自問自答》《月へは帰らない》と新作《私はこの世に歓迎せられて生まれてきた》が展示され、三階は大学院の修了作品《葛の葉の歌》の上映空間に転じた。本展の構成に関して、乾はこのように語る。

「美術の外側とつながるようにしたいという思いがありました。それでトークイベントには、映像人類学者の川瀬慈さん、作家の姜信子さん、説経祭文語りではぐれ山伏の渡部八太夫さんと、あえて美術が専門ではない方をお呼びしました。私の作品が、映像人類学や口承文学、芸能とどういうふうに接続できるのかを個人的に考えながら、今回の展覧会をつくっていきました。」

「美術の外側とつながるように」とはどういうことだろうか。その真意を訪ねると、乾はこう答えた。

「美術の世界にいると、美術のための美術というような作品や、展覧会があると思うんです。でも私の作品は、個人的な実感や生活から出発して、友人や母親など親しい人に話を聞いてつくり上げていく方法をとります。美術を専門的に学んでいなくても、あるいは他のジャンルの方に対しても、スッと入ってもらえるような空間や作品をつくりたいと、以前からずっと考えていました。」

《Queertures》

友人、あるいは母親、他者との共同制作は、乾の作品制作の初期から用いられてきた手法だ。シングルチャンネルの映像作品《月へは帰らない》は、作家と母親が被写体となっている。平安時代前期に成立したとされる『竹取物語』を翻案し、乾が作詞作曲した歌を自身が歌い上げる音声とともに、乾の母の人生や、女性としての生きづらさが対話篇として語られる。母の実家である重厚な日本家屋を舞台とすることで、母子の姿とともにかつてかぐや姫にも影響を及ぼした家父長制そのものが映像化されたと言える。そうした構造とともに、本作で注目したい視覚表象は、カメラに映る二人にほどこされたドラァグクイーンふうのメイクだ。

《月へは帰らない》

社会規範を攪拌する意味を持つドラァグクイーンメイクは、所与の条件からの変化を希求することや、性役割規範からの逸脱の視覚化として見ることもできる。ジェンダー規範への乾の姿勢は、修士号を取得した際の作品解説論文「葛の葉の歌:日本民話をフェミニズムおよびクィアの視点から再構築する」にも印象的に引用された《自問自答》のステイトメントにもよくあらわれている。

映像の中の女性がこれまで男性を拒絶した経験について話している。フェミニズムはすべての人に開かれた思想であるはずなのに、なぜ男性を拒絶してしまうのかという問題について自問自答する。最後の質問によって、それまで繰り返されていた「女性」「男性」という二元論的枠組みが崩壊する。

《自問自答》を制作し、自身のジェンダーアイデンティティに関わる切実な問いとして、性別二元論を疑うようになった。それととともに、フェミニズムからクィア理論に関心を持つようになったことを、同論文において乾は回想している。

《自問自答》

クィア理論への関心

乾の作品はクィア理論から派生した「クィア・リーディング」という手法の実践としての側面が多分にある。クィア・リーディングとは、テクストに描かれた異性愛や女性/男性という二項対立的な性別論を読みかえることによって、この社会で自明とされている異性愛主義や異性愛規範に異議を唱える方法でもある。乾の作品においては、『竹取物語』におけるかぐや姫の物語を換骨奪胎した《月へは帰らない》や、女性の姿をした動物との結婚を主題にした異類婚姻譚のひとつとして大阪府和泉市に伝わる「葛の葉伝説」を題材にした《葛の葉の歌》などに顕著だ。

《葛の葉の歌》

乾が大学院在学中にフィンランドへの留学を経験したのはクィア理論を学ぶためだった。留学先の大学で出会ったスペイン出身のアーティストLeire de Meerについて、乾はこう語った。

「レイレと出会ったことは本当に大きな出来事でした。レイレはアート・コレクティブをフィンランドでつくったんです。「Embodied Queerness」という名前で、その名の通り、クィアについて考えたい人は、もう学生じゃなくても、留学先の大学の学外の人でも、誰でも参加していいよという形を取っていました。

Embodied Queernessはレイレ一人で立ち上げたものなんですけれど、私も参加者として入れさせてもらいました。ここは、対話の方法や、コミュニティをどうやってつくっていくや、そのコミュニティの人々が居心地よく居られるルールって何だろう?ということをみんなで考えながら、週に一回集まるというコレクティブだったんです。私には、すべてが新しいと感じられました。

なぜかと言うと、それこそ私は作品をつくるときに、一人で映像も撮りたいし、一人で音も作曲して映像編集も……コントロール欲っていうのでしょうか、そういう欲望がすごくあったんです。でも、レイレやみんなと共同制作をしたことによって、いわゆる「クオリティの高い作品」を発表することだけがすべてではないとわかったんです。
それまで美術が強いる制約から離れたい、そこから出たいと思っていたのに、じつはがんじがらめになっていたことに気づくことができました。」

本展一階に展示された《Queertures》シリーズは、Leire de Meerと乾が、人とは異なる生き物へと変容する連作だ。そうした姿のままフィンランドの公共空間で過ごす姿がおさめられた写真群は、祝祭的でありつつも、いかにわれわれの社会が正常化の規範に満ちているかをあぶり出している。

フランスはメネでつくられた最新作の映像《Queertures in Menet》は、裸体となったふたりが繭のようなものに包まれるところから始まる。こうして別の何かへと変容したふたつの存在はフィンランドでの《Queertures in Helsinki》とは異なり、この地方に伝わる婚姻譚を参照しつつ新たな物語を紡ぐという展開を見せた。一階の展示室には《Queertures》シリーズにおいて実際に使われた装身具が展示され、それらに自然光がそそがれていた。その様子は、《Queertures》という未完の作品のこれからを祝福しているように見えた。

《Queertures in Menet》

他者との協働から見えたもの、今度の展開について

フランスで共同制作された《Queertures in Menet》とともに、最新作として公開されたのが《私はこの世に歓迎せられて生まれてきた》である。本作は、乾の母方の高祖父・曽和義弌が生前刊行した著作『日本神道の革命』(大日本新思想学会、1961年)を軸とするインスタレーションだ。曽和家の外壁をたどりながら『日本神道の革命』を朗読する乾の姿をおさめた映像と、高祖父と同時期に活動した女性史研究家・高群逸枝の『女性の歴史(上)』(講談社文庫、1972年)と『火の国の女の日記(上)』(講談社文庫、1974年)の各頁が、『日本神道の革命』に対置された。

《私はこの世に歓迎せられて生まれてきた》

最新作において、乾はこの二冊の書物に物理的に介入した。『日本神道の革命』では自身が性差別的な表現と捉えた箇所をかろうじて読めるようにしながらも糸で覆い、他方で、本作のタイトルにもなっている『火の国の女の日記』の印象的な一文にはマーカーや強調線を引くように糸を刺した。ここでは、自身のルーツを探りながらも、自らと相容れないものを抹消するのではなく、上書きするという介入を作品化したと言えるだろう。

《私はこの世に歓迎せられて生まれてきた》ではパフォーマンスも行われた。一対の座布団が置かれ、乾が座る座布団のもう片方にいる高祖父と対面するコンセプトであった。ここで『日本神道の革命』の朗読を行う乾は、蚕を内包したままの繭玉を口に含んでいる。繭玉が発する強烈なにおいに耐えられなくなると、繭玉はだ液とともに作家の口から吐き出される。それを繰り返しながら高祖父の著作を朗読するという内容だ。最新作とはいえ、つくり終えた作品だけを陳列するのではなく、新たにその場で生成されるパフォーマンスを組み合わせることを乾は選択したのだ。

《私はこの世に歓迎せられて生まれてきた》パフォーマンス

本展を終えた乾に、初個展の所感を聞いた。

「自分の作品を網羅的に展示したのは初めてのことでした。中学、高校と、私はインターナショナルスクールに通っていました。いっぽうで、祖父や祖母の暮らしは家屋もそうですがとても日本的でした。私を構成するとても両極端なものが、今回の個展では可視化されたように思いました。

どういうことかと言うと、一階と三階の作品は外側に開いていくというか、クィアであったり未来であったり、上に、そして外に開いていく感覚がありました。けれど、二階の作品群には、自分の奥深くに潜って、入り込んでいく感じが強くあります。

その二つのまったく異なるテンションにピンと引っ張られるように作品を配置しました。そういうふうに自分の作品の傾向やあらわしているものを、今回、個展という機会を得て、あらためて眺めてみて、感じたことが本当に多くありました。」

前述の作品解説論文「葛の葉の歌:日本民話をフェミニズムおよびクィアの視点から再構築する」において乾は、「肉体的な納得」により作品と理論の両輪が成り立つと説いた。インタビューの発言からも、「肉体的な納得」が作家によって何よりの推進力であることが窺える。本展を経て新たな気づきや実感を得た乾に、今後のリサーチや制作の展望がどのように開かれたかを、重ねて質問した。

「今後やりたいことについてですが、高祖父のシリーズ(《私はこの世に歓迎せられて生まれてきた》)がまだ第一歩の一歩ぐらいの作品であるという感覚が私の中にあるんです。今後は高祖父の義弌さんのこと、そして同時代に生きた高群逸枝さんの本についても、作品の中で考えていきたいと思っています。

今回、繭を使ったことで、日本の養蚕の歴史にとても関心を持ちました。日本が近代化して他国を植民地化していく中で、養蚕業はどのように成ってきたのかを知りたいと思います。養蚕の仕事の担い手としての女性たちの存在にも興味があるんです。今回の展覧会のキュレーターの権祥海さんから、日本が東アジアの国々を植民地化したときに、現地で糸をつくらせて、それを奪って日本に持ってくる歴史もあったんだよと教えていただきました。

やはり日本はそういう方法で近代化を成し遂げてきたということが、作品を通じて少しわかったところがありました。高祖父の著作とともに、そういった歴史についても調べていきたいと思っています。」

 

記事構成:小田原のどか
写真:堀蓮太郎

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